「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.74 ギリシャ・中国・アメリカにおける世界経済の政治的トリレンマ+安保法制について

f:id:msandc:20150728121301j:plain

以前の投稿で、経済学者ダニ・ロドリック氏の唱える「世界経済の政治的トリレンマ」というものをご紹介しました。

Vol.29 世界経済の政治的トリレンマ ~グローバリズムと国内政治の対立~ - 社長の「雑観」コラム

・ハイパーグローバリゼーション

・国家主権

・民主主義

の3つのうち、2つまでしか選択できないというものです。2つまでですので、1.5や1つということもあり得るのですが、今、世界でこれらの間の綱引きが激化しています。

 

  • ギリシャ:ハイパーグローバリゼーション→国家主権の侵害・民主主義の危機

前回もギリシャ問題を取り上げましたが、ツィプラス首相の豹変により、現状でギリシャは予想以上の緊縮策を受け入れることになっています。

国民投票前の6月30日にはツィプラス首相が条件付きで債権団の救済策を受け入れるという書簡を送っていたようですので、国民投票は交渉材料の一つに過ぎなかったのかも知れません。

ギリシャ首相、条件付きで債権団の救済策受け入れの書簡 | Reuters

 

7月13日の首脳会議における合意内容はこちらをご覧頂ければと思いますが、

情報BOX:ユーロ圏首脳が合意したギリシャ新支援への条件 | Reuters

※概要とこれまでの経緯はこちらがわかりやすいです

経済ニュースの"ここがツボ" (36) ギリシャ・チプラス首相はなぜ"豹変"したのか!?--EU支援決定の舞台裏 | マイナビニュース

大まかに言えば、

・7月15日までに増税や年金削減などの施策を議会で可決

・7月22日までに民事司法改革やEUの銀行破綻ルールの実施を可決

そして、

・年金や雇用制度の改革、送電網の民営化などの明確な日程の設定

・500億ユーロ規模の国有財産をファンドに移し、民間に売却

・行政コストの削減

更に、

・主要法案を議会などに提示する前に債権団の承認を得る

と続きます。

 

それによって金融支援を得るわけですが、今のところ返済期間の延長などは検討されるものの債務の元本削減は認められていません。

 

もともとユーロ加盟国は「通貨発行権」「金融政策の自由」「財政政策の自由」「関税自主権」などを取り上げられているわけですが、本格的な国家主権の喪失を目の当たりにしているように思います。さすがに行き過ぎと感じた人も多かったようで、これをキッカケに生まれたツイッターハッシュタグ「ThisIsACoup(これはクーデター)」は世界第2位の人気となったそうです。

 

ギリシャの議会が法案を否決する権利は持っているので議会制民主主義は維持されているのですが、国民投票の結果がないがしろにされ、法案の事前チェックが入ることになれば、民主主義発祥の国ギリシャで、民主主義の危機が顕在化するということにもなりかねません。

 

加えて、この問題が悲劇なのは、前回の投稿でも書いたように「ギリシャが一転、(段階的にでも)緊縮を受け入れたり、ユーロがその代わりに短期の支援を行うことになっても、解決には至らない」(一部省略)ということです。

不況下で増税・年金削減・行政コストの削減が行われれば、当然消費は減退しGDPも税収も増えません。また関税自主権がないので国内産業を保護し、育てることもできません。不況→財政赤字拡大→緊縮財政→不況の悪化というループが続き、近い将来、またギリシャ問題が再燃することになるでしょう。

 

  • 中国:国家主権→ハイパーグローバリゼーションからの離脱?

さて、次は国家主権の過剰な行使の話。ギリシャ問題以上に日本および世界経済に悪影響を与えると言われている上海市場の株価暴落です。


上海総合指数は、不動産市場の停滞や下落を背景に、利下げ、投資家が実質的に借金をして株式を売買する「信用取引」の拡大、外国人投資家が上海株売買を可能とする上海・香港相互株取引解禁などによって過去1年間で2倍超の高騰をしてきました。


そして6月13日以降急落。7月8日には6月12日と比較して約1/3の資産価値が失われました。その後沈静化している訳ですが、そのために打たれた施策を見てみましょう。


日本経済新聞に株価や対策の推移がまとめられています。

バブルをつないだ中国株、大揺れの軌跡:日本経済新聞


幾つか抜粋すると、

7月4日 証券当局が証券21社に1200億元で投信買い入れを要請

7月5日 政府系ファンドが投信買い入れを発表

→ここまでは買い支えですが、7月7日にはまた下落します。

7月8日 証券監督当局が上場企業の経営陣や大株主による6カ月間の株式売却を禁じる

    売買停止銘柄が1300超と全体の半分にまで拡大

    政府が国有企業に自社株買いを要請

7月9日 上海・深圳市場の売買停止銘柄は約1600に

7月10日 公安当局が「悪意ある空売り」の疑いで約10件の調査に乗り出したと伝わる

といった具合に、国家主権の過剰な行使によって、「売りたくても売れない」「売れなければ価格は下がらない」という状況をつくり、株価下落を抑え込んだのです。

共産党一党独裁の中国ならではですが、それは同時に新たなチャイナリスクの顕在化でもあります。その後、27日には再度8%超の下落が起こっていますし、損失補填のため不動産などの売りも増えるでしょう。いつまでこの状態を続けることが出来るのか。また、実体経済が冷え込んでいる中でソフトランディング策を見出せるのでしょうか。

 

一方、中国は共産主義と資本主義、グローバリゼーションのいいとこ取りで成長してきました。加えて、習近平政権は元を世界で通用する通貨にしたいという野望を持っている筈です。

その中での株式市場への国家の過剰な介入。既にIMFなどは懸念を表明しているようです。

IMF、中国金融市場の自由度に疑問提示=関係筋 | Reuters

今後、中国がグローバリゼーションとどのように関わり得るのか、注目に値します。

 

一方、ハイパーグローバリゼーションの本家アメリカでは、次期大統領選挙に出馬を表明したヒラリー・クリントン氏が自由貿易協定であるTPPに関して、「雇用を創出し、賃金を上げ、安全保障を高めるものであれば支持する。だが、そうでなければ(TPPからの)離脱も覚悟すべきだ」と発言しました。

東京新聞:TPP「離脱も覚悟を」 クリントン氏、賃金上げ条件:国際(TOKYO Web)

同様に「チェンジ」を掲げたオバマ大統領は、結局グローバル資本に取り込まれ、格差拡大を加速させているように見えますので、選挙前の発言は言葉通りには受け取れませんが、国民経済を守る者として適切な態度だと思います。

 

ギリシャは、通貨安による観光客の増加や、関税でも保護主義でもいいですから自国の産業を守り、育てなければ根本的な解決にはなりません。

アメリカも金融資本主義が行き過ぎて、特定の人達は潤ったけれども、短期の利益を重視し投資を怠った結果、製造業が空洞化して雇用が生まれなくなり、中間層の没落が進んでいます。クリントン氏の言う「雇用の創出と賃金の上昇」は、国民経済にとって本質的な課題なのです。

それぞれの国にそれぞれの事情と国益があります。それを踏まえた「適度なグローバリゼーション」を「民主主義」と「国家主権」と共に確立していくことが大切ではないでしょうか。

 

  • 最後に:安保法制について

これまでの内容との繋がりは薄いのですが、世論を賑わしている安保法制についてご紹介しておきたいことがあります。

私も法案の中身を十分勉強できているわけではありませんが、素人なりに国会論議の内容には強い違和感を持っています。

大雑把に言って衆議院で行われた議論は、違憲か合憲か、個別的自衛権の強化か集団的自衛権の行使か、具体例として代表的なものはホルムズ海峡の機雷掃海といった内容でした。

 

違和感1:護憲派改憲派それぞれの意見の違いはともかく、安倍首相は「憲法を変えるわけではない。解釈の変更だ」という趣旨の発言をされていました。そもそも選挙公約に憲法改正を掲げていたことと、安保法制はどのような関係にあるのか。

違和感2:日本に起こりうる危機として、多くの国民が最初に想像するのは尖閣や小笠原のサンゴの例を引き合いに出すまでもなく、中国の脅威の筈です。何故、その議論がなされないのか。

違和感3:平和憲法のもとで日本は本当に平和だったのか。平和の裏側で北朝鮮の国家機関によって拉致された日本国民が数多く存在し、それを取り返せていない。これは個別的自衛権の話でしょうが、拉致問題への影響についても、何故、議論すらされないのか。

 

政権側から中国や北朝鮮を名指ししたくないというのはわからないでもないですが、与野党を問わずこうした質問が出ないのは解せません。

と思っていたら、7月23日ニッポン放送のラジオ番組「ザ・ボイス そこまで言うか!」に安倍首相が出演され、これらの点について独立総合研究所社長の青山繁晴氏と語っていますので、是非お聞き下さい。

※安保法制(平和安全法制)に関する部分は15:02~24:28です。

2015年7月23日(木) ザ・ボイス そこまで言うか 青山繁晴 安倍晋三内閣総理大臣緊急生出演! - YouTube


今話されているのは、我々国民の安全についての筈です。憲法論も結構ですが、参議院では、多くの国民が我が事として考えられるような議論をお願いしたいと思います。