「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.29 世界経済の政治的トリレンマ ~グローバリズムと国内政治の対立~

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社長の並木です。前回は国際金融のトリレンマに基づいて、経済の現代史を振り返りました。資本主義(特に金融)の不安定性や日本のバブル崩壊と今回の世界金融危機の違いなどについては、次回以降で改めて考えてみることにして、今回はもう一つのトリレンマ理論をご紹介したいと思います。

 

  • 世界経済の政治的トリレンマ

ハーバード大学の経済学者ダニ・ロドリック氏は、今回の金融危機に際し、「世界経済の政治的トリレンマ」を語っています。それは、以下の三つのうち、二つまでしか選択できないという、なかなか刺激的な三択です。

http://goo.gl/oxUq4e

①    『グローバル化

②    『国家主権』

③    『民主主義(議会制民主主義)』

 

  • 国家主権の制限

例えば、ユーロを考えて見ましょう。圏内はヒト・モノ・カネの移動が自由でグローバル化が最も進んだ姿といえます。通貨はユーロに統合されているので固定相場(ドイツのユーロもギリシャのユーロも同じ価値)です。その引き替えに各国は「通貨発行権」を放棄し、ECB(欧州中央銀行)に委譲しています。そのため、自国の判断で自由に金融政策を打つことができません(前回の国際金融のトリレンマとも合致します)。これは、いいかえれば国家主権の一部を放棄しているということです。

ユーロが、ギリシャやポルトガルといった債務危機に陥った国の救済に際し、緊縮財政や増税を条件としたことで、更に不況を悪化させてしまいました。グローバル化先進地域だからこそ、その悪影響は、既に失業率が25%を超えているスペインをはじめ、イタリア、フランス、オランダなどのユーロ圏における(ドイツを除く)経済大国にも拡がっています。その結果「まず成長を。そのために緊縮策ではなく、金融緩和や財政出動を」という声が高まり、フランスなどでは、選挙によって政策転換を掲げたオランド大統領が生まれましたが、国家主権が制限されている以上、簡単には解決できません。ドイツの反対と各国の利害対立が続き、依然として出口が見えない状態が続いています。

 

  • 民主主義の危機

また、アメリカの政治学者であるイアン・ブレマー氏は、「米中が抱える『似て非なる』ジレンマ」というコラムでアメリカの民主主義について、

「米国が、ロビー活動や予算のばらまき、企業が政界に持つ大きな影響力といったことに頭を悩ませていることはよく知られている。選挙資金改革は遠い過去のものとなり、「会社の人格化」はすっかり定着した。政治資金団体である特別政治活動委員会(スーパーPAC)は勢いを増し、議会制民主主義は資本主義的民主主義に締め出されつつある。

政治とカネのサイクルを壊すのは容易ではない。政治家の利益と彼らが選挙で当選するための一助となる企業のそれとは一致するからだ。さらに厄介なのは、米国では多くの政治家が引退した後に、ロビー活動に関わっていることだ。1974年にはロビイストとなった元議員は3%だったが、現在では上院議員の半数が、下院議員の42%が引退後にロビイストに転じている。」(ロイター)と述べています。

http://goo.gl/m28dIW

米国政治におけるロビー活動については古くから知られていましたが、企業の選挙資金支出制限を違憲とした米連邦最高裁の判決によって、企業献金の上限が撤廃されたことで、豊富な資金を持つグローバル企業や金融資本、投資家が政治に対する介入を深めているのです。

http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2010/01/post-939.php

 

一方、最近ではグローバル企業の租税回避(タックスヘイブンを利用した複雑な節税スキーム)に対するデモがイギリスで起こり、その後G8やG20で企業の租税回避に対する強いメッセージが出されるといった揺り戻しも起こっています。

 

このように、ロドリック氏の指摘した三つの間の綱引きは至るところで発生しています。

 

  • TPP交渉の秘匿義務と民主主義

日本でも同様です。先日交渉がスタートしたTPPでは「通常の通商交渉と異なり、極めて厳格な情報管理が求められ」、「交渉中にやりとりした書簡や提案などを協定発効から4年間秘匿しなければならないことが明記されている」(毎日新聞)のだそうです。

http://mainichi.jp/select/news/20130724k0000m020097000c2.html

 外交や安全保障に関してフルオープンにできないというのは理解できます。交渉である以上、その過程ではオープンにできないような熾烈なやりとりも行われるのでしょう。ただ、過剰に「知らせない」のであれば、民主主義(議論)が機能しません。情報がなければ何となくの賛成か、疑心暗鬼での反対か、どちらかしか選びようがないからです。安倍首相が「国民に説明責任を果たしていく」という趣旨の発言をしていたように、政府や官僚にとっても、交渉と並行した国内での議論や合意形成なしに、条約をイチかバチかで議会にあげるのは、リスクが大きいはずですから本意ではないでしょう(条約への交渉参加は政府が表明できますが、締結のためには議会の承認が必要です)。条約である以上、締結すれば国家主権の一部を制限されるのですから、難しい調整が必要でも、行政側には知恵を絞っていただき、国民も声を上げることで、民主的な議論を行う必要があります。

 こういうことを何度も繰り返していかないと、トリレンマで指摘されているように、民主主義の危機が訪れかねません。

 

  • 進むべき道

ノーベル経済学賞を受賞されたスティグリッツ教授は、著書の中で、

「市場は強大な力を持つ一方、道徳的にふるまう性質はそなわっておらず、どのように管理運営するかはわたしたちの決断次第だ。本領を発揮したときの市場は、生産性と生活水準の向上に中心的な役割を果たす。じっさい過去200年間の向上ぶりは、それ以前の2000年間とは比べものにならない」(出典:『世界の99%を貧困にする経済』 ジョセフ・E・スティグリッツ著 徳間書店)と語っています。

これまでの投稿でも何度か、経済や政治が行きつ戻りつしながら進んでいることをお話ししてきました。「グローバル化は歴史の必然」「鎖国してやっていけるのか」という極論からは何も生まれません。その間のどのあたりでバランスをとるかを民主主義に基づいて、国家ごとに考え続け、

グローバル化・・・△

・国家主権  ・・・○

・民主主義  ・・・○

という状態で、(貿易による豊かさの享受も含めた)国民の幸せと国際協調の両立を目指すべきだと思います。