Vol.57 財政均衡主義の誤謬
前回書いたように、日本は財政出動によって景気浮揚を行う財政的な余裕があるにも関わらず、「財政均衡主義」に囚われてしまい、自ら首を絞めているということについて考えてみたいと思います。
- 財政均衡主義
財政均衡主義というのは、政府は無駄が多いから市場に任せて最小限のことしかしてはいけない。といっても政治家は放っておくと国民(選挙民)の要望を聞いて出費を増やすので政府支出は膨張し、財政破綻の危機が増す。それを防ぐために政府の基礎的財政収支(プライマリーバランス)を均衡させるべきだという考え方です。
この財政均衡主義。前回ご紹介した『維新・改革の正体 日本をダメにした真犯人を捜せ』(藤井聡著 産経新聞出版)の中で、日本の成長を阻んだ六つの勢力の一つに
として挙げられています。またメディアが行う「国の借金何兆円。国民一人当たり・・・」「国債発行残高がGDPの2倍超」という報道で、何となく必要以上の危機感を持っている人も多いと思います。
さて、日本政府の借金は返済不能になるほどの危機にあるのでしょうか?
- 現在の日本財政が破綻しない最も強い理由
第一に重要な点は、日本の国債は円建てだということです。自国通貨建ての債務はデフォルトしません。イザとなれば政府の持つ「通貨発行権」を使って支払うことができるので、国債の返済ができないという事態にはなりようがないのです。
次に、日本の国債はその90%以上が国内で消化されています。日本は30年以上も連続して経常収支黒字であり、以前にもご紹介したように「経常収支=貯蓄-投資」ですから、国内は投資より貯蓄が大きい「過剰貯蓄」状態にあります。
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そして、我々の貯金を預かった銀行が運用先に困って国債を買うのです。前回ご紹介した「日本財布論」はこうした過剰貯蓄を狙ったものでした。国民や企業の貯蓄が国債購入に充てられているということは、冒頭の「国の借金何兆円。国民一人当たり・・・」というのはむしろ逆で、我々が政府に貸しているのです。国債償還後の富が国内にとどまる以上、政府が借金をしても国が貧しくなるわけがありません。
また日本は20年以上も連続で対外純資産が世界最大ですので、政府と民間を合わせた「国」全体では、世界一の債権国です。決して「国(正確には政府です)の借金・・・」という言葉に惑わされてはいけません。
- ドイツの事情
前回ドイツのショイブレ独財務相が財政出動に否定的だったと書きましたが、ドイツと日本の状況は全く違います。
ドイツは第一次世界大戦後にハイパーインフレに陥った経験が堪えているのか、新自由主義が染み込んでいるのかわかりませんが、財政均衡を憲法に書き込んでいる国です。
そしてご存じの通りユーロ加盟国ですから自国通貨建ての国債は発行できません。更に2002年以降は経常収支黒字を続けていますが、国債の国内保有率は55%程度しかありません。45%は海外からの借金なのです。
加えて輸出依存度(輸出額÷名目GDP)は2012年で41.5%(日本は13.5%)。財政出動による内需拡大で好景気になれば、国民の賃金が上昇しますので、輸出にブレーキがかかってしまうというジレンマを抱えています。因みに同年、輸出額に占めるユーロ圏内輸出の比率が37.4%(EU27カ国=当時 に対しては57.0%)ですから、ユーロという域内で為替変動のない通貨の恩恵を最も受けている国でもあるわけです。
さて、自国通貨建て国債であり、経常収支黒字まで重なっている国の国債はデフォルトしようがありません。こう言うと出てくる反論の代表格が「ハイパーインフレになる」と「国債が暴落して利払いが急増する」です。「通貨の信認が失われる」というのも抽象的な表現ですが、こうしたことを指しているのでしょう。
「ハイパー」というのは明らかに言い過ぎだと思いますが、それを脇に置いたインフレについてはその通りです。使い道が公共事業であろうとなかろうと、通貨発行量を増やせばインフレが起こります。逆に言えばインフレ率が許容範囲を超えるところが金融緩和の限界だということです。
但し、日本は1997年の消費増税以来17年にも渉ってデフレという戦後唯一の国であり、その脱却を政策の中心に置いているということを忘れてはいけません。そのために「インフレターゲット」を設定しているのであって、過度のインフレになりやすい状況にはありません。消費増税によって強制的に物価の引き上げが行われましたが、6~8月のコアコアCPIの対前年同月比は三ヶ月とも+2.3%。消費増税によって(108÷105で単純計算すると)2.9%程度上がってもおかしくないのですから、少なくとも他国に比べれば(財政出動の為の)金融緩和をする余裕が大きい国だということです。
「国債暴落」についても同様です。確かに財政危機にある国は長期金利が上昇する傾向になりますが、日本の10年物国債利回りは現在0.5%前後で史上最低水準です。今、日本よりも金利の低い国債はスイスしかありません。この点からも他国に比べて余裕があります。また、勘違いしている人もいるかも知れませんが、国債は通常固定金利ですので、金利が上がっても過去の政府債務分まで利払いが増えるわけではありません。
- デフレ期の政策と好況期の政策
さて、日本ではデフレに陥って以降実質賃金が下がり続けていますので、国民は消費を抑えます。消費が減れば、儲けにくくなるので企業は投資を控えます。「資本」を投資し成長を目指すのが「資本主義」ですので、資本主義経済が機能不全に陥っているわけです。こういう環境下であえて投資をし、需要を創り出すのは政府にしかできないことです。不景気のため税収は下がっていますが、それでも歳出を増やさなければなりません。そうしないとデフレがいつまでも続きジリ貧になってしまいます。つまり、需要不足の時には財政収支は悪化するものなのですが、それでも財政の不均衡の前に、経済の不均衡の治療をしなければいけないのです。
では財政はどうなるのかと言うと、好景気と経済成長で改善するのです。ここでは財政再建を国債発行残高の対名目GDP比だと定義しましょう。その為には財政より先に景気回復を確かなものにすることが大切です。
景気がよくなって名目GDPが増えれば、税収が増えます。産経新聞社の田村秀男氏によると、2013年度は名目GDPが1.9%伸びたお陰で税収は6.9%上昇したそうです。
景気が良くなれば、赤字企業が黒字化して法人税を支払い、失業者が減って所得税を払うようになるので名目GDPの伸び以上に税収が増加します。
国民が景気回復を実感し、謳歌しているような状況になっても金融緩和・財政出動を続ければバブルの種を育てているようなものですから、その時には公共投資は国民の安全などに関わる緊急度・重要度の高いものに絞って、その他は緊縮財政に移行します。それによって歳出も減るわけです。また好況期こそ景気が過熱しすぎてバブル化するのを抑えるために、消費税などの増税も有効な政策になります。
- 政策の良否はタイミング次第
このように、不況期に税収が減る中で支出を増やし、好況期に税収が増えても支出を減らす。政府は民間と逆に動くことで、景気が過熱したら冷まし、冷え込んだら温めるという役割を担うべき存在です。
そして経済成長(=名目GDPの拡大)を実現すれば、(分母が増えるため)国債発行残高÷名目GDP比率は低下し、財政再建が実現します。日本は1980年代後半の好況期に公共事業を増やしてバブルを発生させ、バブル崩壊後に公共投資で何とか凌いでいたにも関わらず、1997年以降消費増税と共に公共事業を減らすという逆の政策を二度もとってしまったのです。しかし、今回見てきたようにまだ回復策を打つための財政的な余裕はあります。政策というのは、「景気に関係なく財政均衡」という「主義」で考えるものではなく、現実に即して、タイミングをみて行うべきものです。
どんな政策もタイミングを誤れば失政になり、時機を間違えなければ良策になるということを改めて認識すべきだと思います。
<参考>
前出の藤井聡氏が、経済財政諮問会議で民間議員から出された「公共事業は、資材・人件費の高騰もあり執行度が低い...(だから)公共事業によるクラウディングアウト(に)注意が必要である」という意見に対してデータを用いて誤りを指摘しています。需要不足で史上最低レベルの金利の時に民需圧迫(クラウディングアウト)の心配をするのは杞憂だと私も思いますが、公共事業の執行度が高まっていることや、資材の極端な高騰は起こっていないこと、人手不足や賃金の実態など勉強になることが多いので関心をお持ちの方はお読み下さい。