「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.52 素直に喜べない法人税減税論

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 社長の並木です。去る6月24日、アベノミクスの経済政策の指針となる「骨太の方針」や「日本再興戦略改訂版」など閣議決定されました。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140624/plc14062420180028-n1.htm
 今日はその中から法人税減税について考えてみたいと思います。

 

  • 経営者の使命

 法人税が減税されると言うことは、わかりやすく言えば、黒字企業の手元により多くの資金が残ると言うことです。
 また、企業存続の第一条件は利益以上にキャッシュフローです。赤字であっても資金繰りが続く限り、会社が潰れると言うことはありません。そして、少なくとも私は、ドラッカーの言うように「マネジメントにとって最大の責任は、自らの組織の存続を確実にすることである。組織の構造を健全かつ堅固にし、打撃に耐えられるようにすることである。そして急激な変化に適応し、機会を捉えること」(出典:『乱気流時代の経営』 P.F.ドラッカーダイヤモンド社 ほか)だと考えていますので、諸手を挙げて賛成したいところなのですが、どうも釈然としません。

 減税分を補填する財源として、外形標準課税を中小企業にも適応するという案が出されるに至り、違和感は増すばかりです。

http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140625/fnc14062509320007-n1.htm


 外形標準課税とは、要は地方自治体の提供する行政サービスを受けているという理由から、黒字か赤字かに関係なく徴収されている税金で、今は資本金一億円以上の法人が対象だったと思いますが、その幅を拡げたいと言うことなのでしょう。
 当社は幸いなことに黒字であり、法人税が減税されれば恩恵を受ける立場にあります。また既に外形標準課税も支払っていますので、私企業の経済合理性からみるとありがたいのですが、日本経済全体をみたときに、デフレ不況から脱却できていない状況下で、黒字企業を今以上に優越しても問題の方が大きいというのが正直な感想です。
 以前も政府税制調査会から「収益力が低い企業が存続し、産業の新陳代謝が阻害される面がある」ことを理由に、中小企業に限った政策税制の見直しを求めるという提案がありました。新陳代謝というと痛みは感じませんが、イコール倒産・失業であることを忘れてはなりません。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0902C_Z00C14A5PP8000/

 勿論、提言や方針が出されても、法制化がされない限り、決定・施行には至りません。その前に国民として、経済人として、この内容を考えてみる必要があると思うのです。

 

  • 減税された資金の行方に関する違和感

 黒字企業の手元資金を増やせば、投資が増えて失業者が減り、将来の競争力が高まるという考え方もあります。これは新自由主義トリクルダウン理論。即ち「豊かなものを潤わせれば、それが滴り落ち全体が豊かになる」というものですが、実際には、格差が拡大し、中間層以下の実質賃金が低下してしまった国が増えているように、証明された普遍的な理論ではないのです。
 実際、企業の手元資金が増えた場合、企業が取るべき道には、

1, 国内での設備投資や研究開発投資・雇用増・賃金アップ

という経済成長(名目GDPの成長)に繋がる使い道がある一方、

2,内部留保・対外投資・配当金の増加

もあるわけです。増加した配当金を受け取った株主がそれを国内で使ってくれればGDPの上昇に貢献しますが、それ以外には直接的な景気浮揚効果はありません。
 そして、デフレによる国内の景気低迷とグローバル資本主義による資本移動の自由が相まって、企業が預金(内部留保)と対外投資や配当性向を増やしてきたのが、ここ十数年の日本の姿です。
 景気浮揚のための減税であれば、同額を投資減税や所得拡大促進減税の強化に充てた方が確実でしょう。また、財源についても景気浮揚による税収増をしっかりと計算し、加えてOECDが声明を出した多国籍企業の租税回避の防止など、強者からの徴税推進を議論するべきではないでしょうか。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM30064_Q3A530C1FF2000/


 そもそも、代わりの財源が取り沙汰される時点で、単なる法人税減税では景気回復による税収増効果が薄いと政府も感じているように思います。

 

  • 外資を呼び込む」発言への違和感

 また、法人税減税によって外資を引き込むという説もあります。これについては日本が(貿易赤字に陥っているとはいえ)経常収支黒字国であるということが忘れられています。
 ここで連立方程式を紹介します。
1, 国民総所得=消費+投資+経常収支
2, 国民総所得=消費+貯蓄
ですから、右辺同士を繋げると、
消費+投資+経常収支=消費+貯蓄 となり、
経常収支=貯蓄-投資 となりますから、経常収支が黒字ということは貯蓄の方が投資よりも大きい。即ち、貯蓄過剰ということになるのです。
 つまり現在の投資状況では、貯蓄=国内資金が余っているわけです。資金の足りない新興国や経常収支赤字国では海外からの資金が必要ですが、日本はまず景気を回復することで、投資意欲を喚起する方が先決なのです。

 

 更に、内閣支持率を左右するため、株価を上げなければいけないという意見までありますが、本当でしょうか。マーケット関係者でもない限り、皆が日経平均に一喜一憂しているとは思えないので、ミスリードかも知れません。仮に内閣の中でそのような雰囲気があり、また株価と支持率の相関があるのだとしても、以前、菅義偉官房長官がおっしゃっていたように「(内閣支持率が)低いよりも高い方がありがたいように思うが、支持率に一喜一憂することなく着実にやるべきことを一つ一つ実行に移して国民の期待に応えていきたい」という姿勢に戻った方が賢明だと思います。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL280D0_Y3A120C1000000/


 株価は長期的に観れば、企業の実力を示す指標になりますが、経営者ですら株価に囚われすぎると経営を誤ります。長期ホルダーの資産を毀損しないように着実な成長を目指し、様々な手を打つことは大切ですが、短期ホルダーのその時々の要請には応えきれません。
 ケンブリッジ大学開発経済学者であるハジュン・チャン氏が言うように「株主は、ボタンをクリックすれば、一秒で会社のオーナーを辞められ、別の会社のオーナーになれる。それゆえ会社にプレッシャーをかけて、将来の結果がどうあろうとも、『今、結果を出せ』と要求できるのです」(出典:『グローバリズムが世界を滅ぼす』エマニュエル・トッド、ハジュン・チャン、柴山桂太、中野剛志、藤井聡堀茂樹 文春新書)。それに過剰に応えようとすれば「あなた(経営者・責任者)は短期利益を最大化しようとします。具体的に言えば、コストカットのため、従業員からありとあらゆるかたちで搾り取る。サプライヤーには、最大限に値切って安い価格にしてもらう。また、あなたは投資をしない。投資のコストを払うのは今日ですが、そのリターンを得るのは将来だからです。もちろん研究開発にも力を入れない。結果が将来にしか出てこない不確実な投資はしない」ことによって会社の未来を犠牲にしてしまい兼ねません。「『株主価値の最大化』を経営の目標に掲げたのは、ゼネラル・エレクトリックの元CEO、ジャック・ウェルチです。彼は、2008年の金融危機の際に受けたインタビューで、この戦略は世界で最もバカげていると自ら認めました」(出典:共に同上グローバリズムが世界を滅ぼす』)という言葉を噛み締めておくべきです。

 

  • 政府の役割

 まして政府なのですから、短期の株価に右往左往せず、山積している課題の中で政府でなければ出来ないことを進めるべきです。例えば、前回お話しした安全保障。また防災対策やインフラの整備などは投資額が大きく、基本的に利益を生みません。電力の地域間融通が利くようにすることも安全保障上は重要ですが、ビジネス的には成立しにくいでしょう。同様に国産エネルギー開発なども長期の投資が必要になります。このように、収益にならなくても、将来の国民の安寧と豊かさを生むための政策を打つことが政府の役割であり、そのために徴税権を持っているわけです。
 加えて、日本は依然としてデフレ不況から脱したとは言えません。消費増税によって消費者物価指数は上がりましたが、それに伴う実質賃金低下の影響か、単なる反動減かはまだわかりませんが、家計消費や住宅市場は冷え込んでいます。デフレ脱却の重要性をもう一度確認し、公共投資や企業の国内設備投資・研究開発投資の増加、賃金上昇に貢献するような政策を地道に行うことで、国内需要を増やすという先進国における景気回復の王道を歩んで欲しいと思います。