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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.86 「硫黄島の戦い」と「生きる理由」 / 「成功体験」と「失敗体験」

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3月に入り採用活動が本格化してきました。

今回は就活生も含めた若手ビジネスマン・マネージャーの方々に二つのことをお伝えできればと思います。

 

  • 硫黄島の戦い「死ぬ理由」

この時期になると「東日本大震災」と共に、「硫黄島の戦い」が思い起こされます。

第二次世界大戦中の1945年2月19日~3月26日。即ち、71年前の丁度今の時期、2万1千人の日本兵が戦い、およそ2万人が戦死した凄絶な戦いです。

この件に関しては23回目の投稿で書いていますので、繰り返しになってしまいますが、少し振り返ってみたいと思います。

Vol.23 感謝と誇りを考える ~安倍首相の硫黄島訪問~ - 社長の「雑観」コラム


戦争の末期ですから、そこで戦った人の中で職業軍人は千人余り。殆どが我々と同じ一般の勤め人などの日本人でした。彼らに対し、指揮官である栗林忠道中将は、

「おまえたち、アメリカ軍がなぜ硫黄島を取ると思うか。

大本営は日本の港や工場を爆撃したいからと言っているけれども、アメリカは本当はもう日本の港や工場に関心は薄いぞ。

そうではなく、爆撃の目的はもはや本土で女と子供を殺すことだ。女と子供を殺す、すなわち民族を根絶やしにされると日本に恐れさせて降伏に導くのが、アメリカ軍が硫黄島を取る本当の理由である。

だから今から穴を掘ろう、穴を掘って立てこもって、やがて、みな死ぬ。

みな死に、故郷には帰れない、家族には会えない。

しかし穴を掘って立てこもったら一日戦いを引き延ばせるかもしれない、最後は負けても、一日引き延ばしたら爆撃が一日、遅れて一日分、本土で女と子供が生き延びる、二日延ばしたら二日分、本土で女と子供が生き残る。

だから穴を掘ろう。」

と語り、自害や万歳突撃というある意味で楽な死に方を禁じました。

硫黄島はアメリカ軍基地のあるグアムやサイパンと東京を結んだ線上の丁度中間点にあるため、ここを占領できれば、本土爆撃が行いやすくなるのです。

一方、戦争末期ですから日本は極度の鉄不足、おもちゃのような器具や素手で、凄まじい暑さと痛みに耐えながら地下壕を掘ったのだそうです。

(以上参照:『ぼくらの祖国』青山繁晴著 扶桑社 「 」は完全引用 同書 197-198頁)


その結果、当初アメリカ軍は5日間で島を占領する計画を立てていたにも関わらず、36日間踏みとどまりました。

「いわば31日分、爆撃機の出撃が遅れて、お陰でそのぶん、本土で女性と子供が生き残り、そこから生まれ育ったのが現在のわたしたちです。」

(以上参照:『死ぬ理由生きる理由』青山繁晴著 ワニ・プラス 「 」は完全引用 同書 140頁)

 

  • 「生きる理由」と「働くことの意味」

このように我々まだ見ぬ子孫のために命を賭してくれた祖先(といってもほんの71年前の出来事です)の存在を知ると、大変厳粛な畏敬の念を覚え、青山氏の著書のタイトルにもなっている「生きる理由」について考えさせられます。

 

そうして生まれた我々は日々、何のために働いているのでしょうか?

 

「生活のため?」

それは勿論そうでしょうが、それだけではない筈です。

自分が豊かになるためだけに働いている人は、どれだけ稼いでも幸せや誇りを得られません。人間誰しも私利私欲がありますが、その縛りをほどいて他の人の幸せのために働く。あるいは近江商人の心得である「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」を意識する。そういう想いを持つことで自分の仕事に誇りが芽生えます。

最初は少しの芽生えでも、それが徐々に大きくなり、また同じような想いで働く人が増えていけば、形は違えど、まだ見ぬ子孫に対して少しでも良い世の中・経済・国家を受け継いで行くことにもつながるのではないでしょうか。

 

  • 「成功体験」と「失敗体験」

また前回、政治的な文脈の中で成功体験と失敗体験について書きましたが、今回は人の成長という視点でまとめ直してみたいと思います。


社会人になると、これまでとは違う世界ですから皆さん大なり小なり苦労をします。私など新入社員の時に胃炎を患った程です。

そんな中で早めに成長する人、時間がかかる人と様々ですが、この時期に大切なのは「成功体験」です。

 

誰しも努力を続けていれば、それなりの能力が身についているのですが、「成果」が生まれるまでは、それになかなか気づけません。「お客様に感謝された」「大きな成果が上がった」といった貢献感・自分のやった仕事の有意味感を得られたとき、これまでの努力が正しかったんだと確信でき、また次の努力を続けられるのです。勿論、「仕事に対する誇りが芽生える」というのはとても大きな成功体験です。

この時期はまだ自分に自信がありませんから、他者からの承認という形で自分の貢献に気づくことも多いものです。ちょっとしたことでも、周囲の人に「感謝の気持ちを伝える」「褒める」ことで、相手の人生を好転させるキッカケが生まれているかもしれません。


大袈裟に感じるかもしれませんが、こうした経験を通して人は、徐々に自分を認められる=「自己肯定感」を持てるようになるのです。

 

これは確か、現内閣官房参与藤井聡氏がおっしゃっていたのだと思いますが、人は誰しも「自分はこういう人間である」という自分に対する物語を持っているのだそうです。考えてみれば確かにその通りですね。問題はその物語がどういうものかです。

壁にぶつかった時、「どうせ自分は大した人間じゃないし、所詮この程度だよ。酒だ酒だ、酒持ってこーい」というのと、「自分は大した人間じゃないかも知れないけど、これまでも頑張ったら何とかなってきたし、今度も精一杯やれば乗り越えられるだろう」という自己肯定版の物語を持っている人では、当然行動が変わり、結果として人生も大きく異なります。

 

そうして、活躍の場・周囲との信頼関係・感謝の輪を拡げていければ良いのですが、周囲や先達への感謝を忘れると、自己肯定が自信過剰へと変質していきます。

そうなると上手くいかない時、状況を客観的に観ることを忘れ、「自分には能力がある筈だから、現実が思うに任せないのは、自分以外の何か(誰か)に原因があるはずだ」と他責に走ってしまうことがあります。このとき彼が責任ある立場にいればいるほど、悪影響は拡散。例えば、部下達に「お前が悪い」と自己否定型の物語を押しつけてしまうことになります。

直接であれ間接であれ、自分も関わってきた以上、特定の誰か「だけ」を犯人にするのは現実をみていない証拠で、これを自己欺瞞と言います。


こういう時は、自分の失敗を認める覚悟・勇気を持って、正面から現実を受け止める。その時、信頼関係の残っている相手がいれば、問題の本質を議論する。つまり「失敗から学ぶ」ことが重要です。


自分の人生を振り返っても、失敗したとき・悩み尽くした時の経験や気づきがそれ以降の人生の糧になっています。成功体験による自信とは違った次元で、本質的な考え方、人生観や仕事観(経営観)が変わるのですね。

 

「自助論」で知られるサミュエル・スマイルズの、

「思いの種を蒔いて、行動を刈り取り、
行動の種を蒔いて、習慣を刈り取る。
習慣の種を蒔いて、人格を刈り取り、
人格の種を蒔いて、人生を刈り取る。」

という有名な言葉があります。

 

成功体験も失敗体験も、過去に自分が蒔いた種。そこから良い行動、習慣、人格を生み出し、人生を豊かにしていって下さい。