社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.77 セイの法則と国民経済 ~『世界を破綻させた経済学者たち』から学ぶ~

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  • 『世界を破綻させた経済学者たち』

タイトルに惹かれて、『世界を破綻させた経済学者たち 許されざる七つの大罪』ジェフ・マドリック著(早川書房)という本を読んでみました。

経済学者の名前がたくさん出てくるので読みにくいところもあるのですが、ニューヨーク・タイムズのコラムニストとして活躍した経済評論家・ジャーナリストの著者が主流派経済学(新自由主義)者たちの考え方を(認めるべきところは認めながらも)やり玉に挙げていて面白かったです。


主流派経済学は、リーマンショックによって世界経済を崩壊の淵に陥れたにも関わらず、依然として各国の経済政策に大きな影響を及ぼしています。彼らの主張の、意外なほどの根拠の曖昧さ、歴史や文化・慣習の違いを考慮に入れない画一的な処方箋などの特徴を知っておくことは、経済学者にだまされないために必要なリテラシーかも知れません。

 

今回はその中から、主流派経済学の緊縮財政主義を生んだ「セイの法則」に関する部分を紹介しながら、経済について改めて考えてみたいと思います。

『2008年の大不況以降、欧米諸国の経済政策の方向を決定づけてきたのは、賛否両論ある緊縮財政の考え方だった。(中略)この政策は、200年前に提唱された経済学の法則が下敷きになっている。それは、(中略)「セイの法則」である。ひとことでいうと、供給はそれに対する需要をつくり出す、という法則だ。具体的には、企業が商品を生産すれば従業員に賃金が支払われるので、生産された商品はすべて誰かに買われる、そして、個人や企業が貯蓄すれば、その金はすべて設備投資に回ると、セイの法則では考える。』

『景気後退期には、価格と賃金が伸び悩んだり、下落したりし、金利も下がるので、消費者は安くなった品物を買いはじめ、企業は再び人を雇い、投資するようになるというのだ。』

セイの法則どおりなら、「経済全体で労働力が慢性的に供給過剰になることはありえない」。したがって、長期の失業はすべて労働者自身の自発的なものであり、本人にその意思さえあれば、職は見つかるという話になる。

同様の論理により、貯蓄が増えればさらなる投資が刺激されると、主流派の経済学では考える。経済全体で貯蓄の量が増えれば、金利が下がるので、投資への意欲が高まるというのだ。ただし、政府が財政赤字を補うために借金をすると、金利の上昇要因になる。そのため、財政赤字は、貯蓄を吸い上げ、金利の上昇を招く結果、経済成長を阻害するとされる。だから、景気後退期であっても、財政赤字を計上することは避けるべきだと、この理論では考える。』

(出典:『世界を破綻させた経済学者たち 許されざる七つの大罪』ジェフ・マドリック著 早川書房 P55-57)


長きにわたるデフレを経験してきた日本人なら、多くの方が違和感を抱くのではないでしょうか。

日本では1998年以降、平均給与が下落を続けました。また、超低金利が継続されても企業の投資意欲は高まっていません。

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『経済学の仮説検証について回る大きな問題は、現実の世界で予測と正反対の結果が生じたとしても、逃げ道が用意されていることだ』(出典:同上 P222)そうです。

確かにデフレに陥った要因について、1997年の消費増税を無視して、「アジア通貨危機」つまり自国の政策要因ではないとおっしゃった著名な経済学者がいましたが、以降18年の歳月も経済政策の誤りではなく、景気回復への過渡期あるいは緊縮財政や構造改革が足りないせいだと言うのでしょうか。

 

デフレ期には確かに価格も下がりますが、上図のように賃金も下がります。すると将来不安も高まるので、安くなった商品を買う以上に、下がった賃金の中でも何とか貯蓄をしておこうと思う人間の感情が、この説では考慮されていないのです。

そして需要不足の中では、売上拡大が見込めないので企業は雇用や投資を増やしません。その結果、貯蓄を抱えた銀行はその運用先として国債を求め、日本国債金利は史上最低水準を続けているという現実も説明できていません。

デフレ脱却のためには、政府が財政出動によって需要をつくり出す必要があるのですが、主流派経済学の浸透によって、その道が極めて通りにくくなっています。

 

ここで思い出して欲しいのが、以前ご紹介した「南欧の造園」の例えです。

詩人として知られる19世紀の知識人サミュエル・テイラー・コールリッジは国の経済を南欧によくみられる庭園になぞらえて、植物が豊かに生い茂る状態を好ましい経済状態としてとらえ、『その水槽あるいは貯水池は、一国の資本を表します。水の流れが、庭師(並木注:政府)の鋤(すき)によって少しずつ水路や方向が変えられていく様子は、資本の流れが課税と交易の相乗効果によって国民全体に行きわたるという愉快なイメージを与えてくれます』と書かれています。水が足りない場合は水量を増やす(要は金融緩和です)。一方、水が溜まってしまって根腐れを起こすような場所からは水を吸い上げ(徴税)、乾いているところに水路を引く(財政出動)ことによって、『コールリッジは、ケインズ同様、国家の介入によって、国民所得を増やすことができる』と考えていました。

(出典・参照:『保守とは何だろうか』 中野剛志著 NHK出版新書 p52,53)

Vol.43 「南欧の造園」と「大衆化しないための自己懐疑」 - 社長の「雑観」コラム

 

この話には続きがあります。同書の著者である中野剛志氏と作家・評論家の佐藤健志氏が対談で自由主義社会主義の考え方を同じく庭園に例えているのです。

『コールリッジ、つまり保守主義の発想は(並木注:アメリカが顕著ですが、日本でも「保守」という言葉が自由主義的な人物・政策を指すことがあるので注意が必要です)、庭園にちゃんと水を流すには庭師が必要だというものでした。片や自由主義は、庭園の設計が十分優れていれば、庭師がいなくとも水はうまく流れると構えます。

ならば社会主義の発想はどうか。(中略)

庭園の維持には、確かに庭師が必要だ。しかし庭師と言ってもピンキリである。われわれは理性的能力を鍛えあげ、独自の園芸理論(=科学的社会主義)を発達させることで、全能の庭師を作ることをめざす。

(中略)そんな庭師(=共産党政府)が誕生したあかつきには、日光が一日に何時間、どの方角から当たるか、庭の気温はどのくらいか、土の性質はどんなものか、そんな事柄は一切問題にならなくなる。』

(出典:『国家のツジツマ』佐藤健志・中野剛志著 VNC新書 p96-97)

 

自由主義の庭園はリーマンショックで荒廃し、社会主義の庭園はソ連で失敗、中国もバブルの崩壊で混乱の極みに達していると思うのですが、如何でしょう。

 

  • 誰のための経済学か

『世界を破綻させた経済学者たち』では、歴史や文化・慣習など、時代や国別の事情を無視したグローバリズム自由貿易も批判しています。

景気後退期、価格の下落に対応するために企業は、低賃金の労働力を求めて途上国に生産拠点を移します。それによって先進国は雇用・GDP・税収を奪われるわけです。

では途上国のためになるかというと、そう簡単にはいきません。もともとの動機が進出国の経済成長への貢献ではないのですから、逃げ足も速い。キャピタルフライトによって経済が混乱に陥ることもあります。

また、その国の人件費が上がれば、更に人件費の安い国を求めて移動します。賃金上昇によって中進国になった国は、別の途上国の追い上げを受け、輸出競争力が下がる。一方、先進国との競争のためには技術力・付加価値が十分ではなく、成長が止まるという「中進国の罠」に陥るわけです。同書で語られているように、

『今日の豊かな国々が19世紀以降に経済発展を遂げた環境は、おおむねこれ(並木注:自由貿易)とは正反対だった。高い関税が設定され、政府が産業に投資を行ない、金融市場が規制され、通貨の価値も固定されていた』

(出典:『世界を破綻させた経済学者たち』ジェフ・マドリック著 早川書房 P190)

のです。保護主義の中で基幹産業を育てたのですね。

 

こう考えると、主流派経済学はインフレ抑制のためには効果があっても(実際、同書の中にはアメリカの1970年代のインフレについての記述が頻繁に出てきます)、景気低迷期には先進国のためにも、新興国・途上国のためにもならない可能性が高い。あえて言えば、グローバル投資家のために都合の良い経済学だと言えるかも知れません。

 

庭師も人間ですからミスもするでしょうが、デフレ脱却を標榜しながらの消費増税、あるいは低賃金化を助長する可能性のある派遣法改正などの構造改革は、アクセルとブレーキを同時に踏むようなもので、やり過ぎるとエンジンが壊れます。

新自由主義イデオロギーに沿った政策は画一化されている上、「財政赤字は悪」「市場は効率的」など、根拠は薄弱にせよ何となく浸透してしまっていますので、進めるのは楽でしょうが、少なくとも国の政策に関わる以上、面倒でも過去から築いてきた慣習・文化を大切にし、現在の自国の状況を丁寧に吟味して、将来につながる政策を一つ一つ考えて頂きたいと思います。

また我々も、すり込まれてきた「常識」の根拠は確かなものなのか、改めて考えてみる必要があります。