「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.24 国家と企業① ~対外投資と国民経済~

 

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社長の並木です。少し前の日経新聞に『円安でも海外生産「拡大」 経営者アンケート』(2013/5/11日本経済新聞 朝刊)という記事が載っており、タイトルを見て暗い気持ちになりました。

 

  • 安定した所得増こそ「デフレ脱却」

何度かこのブログでも取り上げましたが、現在の株価の上昇が喜ばしいのは、それが景気回復の『先行指標だからです。

将来の好景気を期待して株価が上がる。

それが現実になって、需要が拡大すると、物価が上がる一方で、雇用(職)が増える。

求人倍率が上がるので、失業者が減り、所得が上昇する。

そこまでたどり着けば、自立的に「需要増→物価上昇→企業の粗利増→所得上昇→・・・」というスパイラルが回り始めます。

そのスピードを速めるために必要なのが、金融緩和で増やした円を、実体経済に引っ張ってくる「財政出動公共投資)」です。デフレ脱却ができるか否かは消費者物価で考えるより、安定した所得増が実現出来るか否かといっても良いと思います。

 

  • いざなみ景気の時の経済

しかし、「海外生産」で職が国外に逃げてしまうと、そのスパイラルにマイナスの影響を及ぼします。

私も経営者ですから、企業は利益を上げなければいけないということは良くわかっています。

しかし、「実感なき経済成長」いわれた小泉政権下での景気回復(いざなみ景気)の際に何が起こったかを見てみると、企業と国家の長期的な成長のためにそれが好ましい結果を生んだのかには疑問符がつきます。

当時の経済成長はバブル崩壊前の絶好調だったアメリカの家計消費を背景とした輸出増(直接の輸出増もあれば、日本から新興国に生産財を輸出し、新興国が消費財を加工して米国に輸出をするというものもあります)によるものでした。その時期、輸出額の上昇と共に、中国などへの生産拠点の移転(対外直接投資)が進みました(図1)。

(図1)日本の輸出額と対外直接投資の推移

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出典:輸出額=財務省貿易統計 対外直接投資=財務省国際収支状況

 

その結果、この時期実質GDPは増えているにも関わらず、名目GDPは横ばいという状況が続いたのです。(図2)

(図2)日本の名目GDPと実質GDPの推移

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世界経済のネタ帳(http://ecodb.net/)より 出典:IMF - World Economic Outlook Databases

 

名目GDP、すべての商品・サービスに対し、その年の生産数量に市場価格を掛けて算出するのに対し、実質GDPは名目GDPから物価の影響を除いて、生産(或いは販売)数量の増減だけを見るものですから、これは、生産量が増えても、その分価格が下がっていた(デフレの深刻化)ということを意味します。そしてその結果、国民の平均所得は減少しました(図3)。

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  • 産業空洞化の歴史とこれから

私が子供の頃、日本企業の成長が誇りに思えたし、「内需」と「日本的経営」に支えられて、実際に企業の成長が国民の幸せ(豊かさ)に繋がる時代がありました。

しかし、197080年代には日米貿易摩擦や、プラザ合意による円高不況を乗り切るために、2000年代にはグローバリズムの進展によって「安価な人件費」の国を求めて、リーマンショック以降は欧米の金融緩和による過度の円高によって、現地生産や海外生産が推し進められてきました。それによって、日本企業の成長と国(国民)の繁栄が乖離してしまったのです。

 

私は、短期的な利益に偏重し、企業価値や株主の利益を高める経営は長期的には会社を歪めてしまうと思っています。「社員」「顧客」「株主」「国家や地域」といった様々なステークホルダー満足のバランスを長期的にとっていくことが大切です。

とはいえ、「ジャパンバッシング」といわれた貿易摩擦と、対ドルで1985年の230240円から3年後に120円台まで急速に進展した円高の中で、企業の存続(すなわち社員の雇用の確保)のために、現地生産に活路を見いだした先達には敬意を表します。

 

しかし、アメリカの家計の消費に支えられていた世界中の経済はサブプライムローンバブルの崩壊で転機を迎えました。

新興国の成長も米欧への輸出を頼りにしていた面が大きかったため、変調を来しています。単純に国内回帰すべきだなどという極論に走るつもりはありませんが、経営者として、長期的成長のために、これまでのような極端なグローバリズムの時代は終わったのではないかということを、これまで打ってきた戦略(既に行った海外投資など)に縛られることなく考え直してみる時期だと思います。

一方、政府は経済評論家の三橋貴明氏が著作やブログ(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/)などで再三警鐘を鳴らしているように、「構造改革」とはインフレ対策である(すなわち、デフレの時期には適さない)ということを改めて認識し、成長戦略を練るのであれば、(これまた全て駄目とはいいませんが)構造改革という今の環境に適さない政策や、どの産業を成長させるかを考えるような設計主義的な視点ではなく、製造拠点の国内回帰のみならず、家計や、国民・企業の安全・安心にも影響を及ぼすエネルギー問題の解決、民間企業だけでは対処しきれないスーパーコンピュータなどの技術開発、当面はデフレ対策になり、完成後は生産性向上や産業競争力の強化に繋がる新幹線や道路、港湾の整備といった公共事業など、防災と共に産業インフラの再整備に力を入れて貰いたいと思います。

 

このように、企業経営と国家の運営とは異なる点が多々あります。次回以降も主に経済・経営面から、その違いについて考えてみたいと思います。