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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.92 イギリスのEU離脱とポピュリズム

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今回は、世界の金融市場に衝撃を与えた英国のEU離脱について考えてみたいと思います。

 

前回、舛添前都知事の問題を題材に「エリートの劣化」について考えましたが、より深刻なエリートの劣化とポピュリズムの症例に思えます。

 

まずキャメロン首相が、イギリス独立党(UKIP)などEU懐疑派の台頭をかわすために、「国民投票」の実施を宣言します。議会制民主主義ではなく、直接民主主義を選んだわけです。

それでも、国民投票までの間に熟議を交わし、国民に説明を尽くしたのであればともかく、残留派も離脱派も一方的に主張を繰り返すばかりで投票になだれ込んだ印象です。

 

『(社会的な利害対立は望ましくないと見なされているようだが、)じつは利害対立の存在こそ、性急な決断を下したいという誘惑にたいして、健全な歯止めを提供する。

利害対立のもとでは、どんな決定も熟慮に基づいてなされねばならない。したがって物事を変える際にも、妥協がつきまとうことになり、変化は穏やかなものにとどまる。こうやって生じるバランスこそ、「急激で荒っぽい抜本的改革」という悪行を防ぐのだ』とは、保守主義の父といわれる英国のエドマンド・バークの言葉ですが、イギリスの保守党の党首が逆を行ったのです。

(『 』部出典:『【新訳】フランス革命省察エドマンド・バーク佐藤健志・編訳 PHP研究所 P68-69。( )部は並木加筆)

 

一方の離脱派も、投票結果が出た後で「離脱によってEUへの負担金が週480億円浮くため(残留派はEUからの補助金を差し引くと1/3程度しかないと主張)、それを国民保険サービスに使える」「移民制限できる」などの主張が、嘘ないし誤解を与えるものだったことを早々に認めることになりました。

英EU離脱:公約「うそ」認める幹部 「投票後悔」の声も - 毎日新聞

 

両派に煽られた国民は、「投票結果判明後」、市場の反応に不安を感じたのか、

『米インターネット検索大手のグーグルは24日、英国の国民投票でEU離脱派が勝利したと公式に発表された後、英国でEUについて最も検索回数が多かった質問は、「EU離脱は何を意味する?」だったとツイッターなどで明らかにした。

2位は「EUって何?」▽3位は「どの国がEUに含まれるのか」▽4位は「我々がEUを離脱することで何が起こるのか」▽5位は「何カ国がEUに所属しているのか」-だったという。』

【英EU離脱】結果判明後に「EU離脱は何を意味する?」 英でグーグル検索最多 - 産経WEST

と本来、投票と順序が逆のはずの行動をし、

『投票のやり直しを求める署名は28日正午(日本時間午後8時)現在で390万人を超え』るという現象を引き起こしています。

http://mainichi.jp/articles/20160629/ddm/007/030/107000c

 

政治家が議会で熟議し、説明するという責任を放棄し、ポピュリズムに走ることのリスクというほかありません。

 

  • 2ネイションズ(国民の分断)

投票結果は離脱が51.9%、残留が48.1%と僅差でした。それだけに今後が大変です。

 

一昨年、同じく僅差の住民投票によって英国に留まったスコットランドでは、再び独立→EU残留の機運が高まり(勿論、仮に独立してもEUに入れる保証はありません)、北アイルランドではアイルランドとの統一によるEU残留、またアイルランドなどEU加盟国のパスポート取得を目指す英国人が増加、ウェールズでも、果ては首都ロンドンでも独立を求める声が挙がっているそうです。

EU離脱引き金に「イギリス解体」の危機 ウェールズでも独立の動き

英国人がアイルランドのパスポート取得に殺到、EU市民権求め | ロイター

【英EU離脱】ロンドン独立署名に15万人 EU離脱は市長も反対 - 産経ニュース

 

イギリスの首相を務め、小説家としても活躍したベンジャミン・ディズレーリは、かつて『シビル、あるいは二つの国民』という小説で、上流階級と無産階級に分断された国家を描いたそうですが、もともと格差拡大で分断されつつあったイギリスが、かろうじて保っていたまとまりを断ってしまったのかもしれません。

 

EU離脱の通告を9月以降に先延ばししたようですので、その間、国民投票のやり直しや総選挙など新たな動きがあるかもしれませんが、何度やっても負けた方は収まらないでしょう。

 

今回の対立の根っこが「移民問題」であるだけに尚更です。

 

欧州の移民問題というとシリア難民を想像しますが、EUでは人の移動の自由が認められていますので、その前に「EU内移民」が存在します。

こちらは、EUを東欧に拡大させた際、

『経済力に劣る新規加盟国の労働者が旧加盟国の労働者の職を奪ってしまうことが懸念された。そのため、2004年5月のEU拡大後、雇用者として働くことを目的とした新規加盟国(マルタ、キプロスを除く8カ国)から旧加盟国(15カ国)への移動を、最長7年間制限することができることとした』

のですが、イギリスはその制度を採用せず、門戸開放しました。

EU憲法批准否決の波紋(EU:2005年7月)|フォーカス|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 

低賃金で働いてくれる移民の増加で、人件費を抑制できる経済界は喜ぶかも知れません。高給を得られている層も大丈夫でしょう。しかし、雇用が奪われる人、賃金が抑えられる層が生まれます。経済成長している間は覆い隠せても、停滞が本格化すると不満が噴出します。

他国で学びまた働いて、その国と自国の繁栄に寄与しようという方々にはエールを送りますが、個人の問題と国民経済というマクロの問題は別なのです。

 

そして、「移民」の方々は「安価な労働力」ではなく「人間」です。簡単に持ってきたり、戻したりできるものではないということを忘れてはいけません。

日本も人手不足という安易な理由や人道主義という理想論に走ると、しっぺ返しを喰らいます。

 

何故なら、物質的な豊かさや便利さ、進歩した技術といった「文明」は誰でも享受できますが、各国で育まれてきた「文化・慣習」は、お互いに覚悟がないと共有できないからです。

 

加えて、欧州では移民や難民に異を唱える声は、「非人道的・人種差別」と封殺される傾向があるようです。

言論のタブーというのも問題で、日常的に声をあげ、議論できなければ、容認かバッシングかの二元論になりやすく、不満が鬱屈すればするほど、爆発しやすくなります。

 

我々もイギリスを他山の石として、学ばなければいけません。

 

ところで、私は、EU離脱が愚かな判断だとは思っていません。

短期的には混乱するでしょうし、政治的な労力もかかります。また、新たな体制が見えてくるまでは不安が先行し、有害な要素が大きいでしょうが、中期的に見ればプラスに働く可能性もあります。

 

EUへの輸出に関税がかかることになっても、イギリスも関税で自国産業を守れます。また、当面はポンド安という為替効果によって、輸出がしやすくなるはずです。

それに加えて、(キャメロン首相は緊縮派でしたが)公共投資によるインフラや技術開発を行い、国内産業を育成することもできます。

そもそもイギリスは対EU域内貿易で2014年:輸出1,480億ポンド、輸入2,240億ポンドと760億ポンドの輸入超過なのですから、成長余地は十分あります。

英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)基礎データ | 外務省

そうすると、国内の雇用・賃金が増え、内需中心の成長の道を辿れるかもしれません。移民制限ばかりでなく、こうしたことが国家主権を取り戻すことの価値ではないでしょうか。

 

ただ問題なのは、

『投票前、キャメロン首相は「離脱となれば直ちにEUに通告する」と明言していた。ところが、実際に「離脱」の結果が出ると責任を放棄し、交渉をいつ始めるかも含め次期首相に「丸投げ」』

して交渉開始が遅れ、離脱派(ジョンソン前ロンドン市長)も含め、

『キャメロン、ジョンソン両氏とも、EUへの通告について「急ぐ必要はない」「準備を整える必要がある」と繰り返すのは、現時点で方針がまとまっていないことの裏返しとみられる。』

結果想定せず包括構想なし=英国・EU離脱:時事ドットコム

といった方々に繁栄の道を主導できるのかということです。

 

今回、いみじくもEUのトゥスク大統領(欧州理事会常任議長)が、

“完全な統合を急ぐという観念に取り憑かれ、我々は庶民、EU市民が我々と(統合への)情熱を共有していないということに気付かなかった”

と語ったそうですが、

イギリスEU離脱の世界史的インパクト〜私たちが受け取るべき「2つの重大警告」 歴史はまた繰り返すのか? | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

観念論だけではなく、現実と国民に寄り添って、大衆迎合ではなく、正直に話し、時に啓蒙し、共に考える政治が必要ではないでしょうか。

 

日本も他人事ではありません。今回のイギリスのEU離脱で、日本の実質GDPが0.34%~1.11%減るという試算もあります。

英、EU離脱 アベノミクスに暗雲 円高株安、日本経済の足かせ (産経新聞) - Yahoo!ニュース

加えて、海に空に中国軍の挑発的行動が増えるなど、安全保障リスクも拡大しています。

東シナ海で一触即発の危機、ついに中国が軍事行動 中国機のミサイル攻撃を避けようと、自衛隊機が自己防御装置作動 | JBpress(日本ビジネスプレス)


今、参院選真っ只中です。

我々もポピュリズムに陥らないよう、自分で調べ、自分の頭で考えて投票することが繁栄のための第一歩だと思います。