社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.99 アメリカ大統領選の教訓 ~転換点に立つ世界~

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「史上最低の大統領選」と呼ばれたアメリカ大統領選挙は、「史上最大の番狂わせ」で決着し、ご存知のようにトランプ氏が勝利しました。

次期大統領がイメージ通りの破壊者なのか、一部の人が言うように大統領になったら現実的な政策をとるのかはわかりません。大統領は独裁者ではありませんから、議会との調整を踏まえて、その中間のどこかになるでしょう。悲観論にも、大統領選後に増殖した楽観論にも与せず、時々刻々、日本の国益を考えていくべきです。

 

英国のEU離脱ブリグジット)に続き、アメリカでも反グローバリズムの民主主義が勝利しました。

加えて、ブレグジット自由貿易ではなく、EU官僚に奪われた国家主権、特に移民のコントロールを自分たちの手に取り戻したいというものであったのに対し、

トランプ氏は自国の雇用を奪うとして、TPPの離脱(参加国のGDP85%以上の国の批准が条件になっていますので、アメリカが離脱すれば現行のTPPは発効できません)ばかりか、既に発効しているNAFTA北米自由貿易協定)にも反対を表明しています。

 

米英は政治家と金融資本、グローバル企業、ロイビストが結託して、グローバリズム=金融資本主義を推進し、より安価な労働力を求めて移民流入や工場の海外移転を容認、逆に新興国への資本投下で利益を吸い上げるという構造を作り上げました。

それによって起こった中産階級の没落や実質賃金の低下、その怒りを吸い上げたのがトランプ氏です。

例えば、自動車産業をはじめとして製造業の多かった五大湖周辺の地域は、労働組合の影響で、民主党地盤の州も多かった筈ですが、今ではラストベルト(rust=金属のさび。使われなくなった工場や機械の意)と呼ばれ、今回の選挙では票がトランプ氏に流れて、勝利に貢献しました。

 

何しろ、アメリカでは

・上位1%が持つ資産は、下位90%が持つ資産の総量よりも多い。

・上位10パーセントで所得は5割、資産は7割を占める

アメリカの貧困と格差の凄まじさがわかる30のデータ

という状況のようです。

私用メール問題を抱えるクリントン氏の不人気もさることながら、グローバル化の恩恵を受けた層と、逆に政府の保護を受けている貧困層・マイノリティがクリントン支持、それなりに自立はしていても、医療・保険・教育費は上がる一方なのに、政治からは放ったらかされ、不満や危機感を抱く白人中産階級の不満が爆発、トランプ氏を次期大統領に押し上げた格好です。

 

これから反対派の巻き返しもあるでしょうが、世界No1のGDPを誇り、自由貿易を率先してきた大国アメリカが保護主義に転換すれば、世界的な影響も大きい。

但し、トランプ氏が選挙戦を通してアピールしたのはアメリカ人の雇用拡大です。

日本の場合、政官財でグローバリズム礼賛が続いているものの、1970年代のジャパン・バッシングの経験から、自動車産業などでは現地生産(現地雇用)が浸透しており、国全体の輸出依存度は低く、主要な輸出品は代替の難しい高付加価値商品であることも認識しておくべきです。


そもそも、自由貿易=善、保護主義=悪といった単純な図式は間違っていますし、二元論ではありません。産業革命前のイギリスにせよ、ドイツ、アメリカ、そして日本も保護主義で国内産業を育てることによって先進国となり、自国の産業が強くなってから自由貿易側に移行し、過去にはイギリス、近年はアメリカやドイツを中心に、他国にも自由化を要請してきました。

世界的な需要不足の現在、特にGDPの大きい主要国は輸出で他国の需要を奪うことより、内需拡大に目を向ける方が健全です。

 

  • トランプ氏の経済政策

暴言王として知られるトランプ氏ですが、経済政策は意外に的を射ています。勝利宣言であえて触れたインフラ投資、

『我々は都市部のスラムやトンネル、高速道路などのインフラを立て直していきます。これは非常に重要なことなのです。インフラを立て直す過程で、大勢の人たちを雇用していきます。』

トランプ新大統領が勝利宣言「私は全てのアメリカ人の大統領になる」(演説詳細)

や、公約にある大幅な減税を実行しようとするでしょう。

減税政策には法人税減税も含まれており、グローバリズム寄りとか、他国との減税競争の勃発などの不安もありますが、海外に逃避した資本や生産拠点の国内回帰のためであれば整合がとれています。

しかも、選挙中に叩かれた(違法ではないものの)自身が税金を20年近く払っていなかったことに対するエクスキューズにもなります。

 

インフラ投資と(日本の場合は消費税)減税は本来、日本がデフレ脱却のために行うべき政府による需要の創造=財政出動に他なりません。

もともと比較的堅調だったアメリカ経済が、中間層と共に復活することも十分考えられます。

 

  • ブリグジットとの共通点

英国の国民投票と米国の大統領選の共通点は反グローバリズムのほかに、

・都市部はEU残留クリントン支持、地方部はEU離脱とトランプ支持

・直前の世論調査と逆の結果

といったことが挙げられます。

前者は、都市部に富裕層やグローバル企業が集中しており、リベラル派が強いことから当然とも言えますが、彼らが反対派を馬鹿にしてきたらしいのです。トランプ支持を表明すると人格を疑われかねないということで、「隠れトランプ派」が誕生、選挙結果を左右しました。

ヨーロッパでも、移民の大量流入による問題が本格化するまでは、移民政策に異を唱えると批判を受ける空気があったそうです。

 

近年流行している、ポリティカルコレクトネス(=政治的・社会的に公正・公平・中立的で、差別・偏見が含まれていない言葉遣い)の行き過ぎが原因なのですが、トランプ氏は、これに公然と反し、サイレントマジョリティの想いを代弁、鬱憤を晴らして支持を得ました。

その姿勢は大衆迎合ポピュリズムで、危うい思想ではあるのですが、

ジャーナリストの有本香氏が紹介されていたデータをみると、もう一歩深く考えさせられます。

一見、公平・寛容に見えるポリティカルコレクトネスを大事にする人々≒クリントン支持者の「6割がトランプ支持者をリスペクトできない」と回答、トランプ支持者の場合は逆だったというデータです。

Clinton supporters say it’s hard to respect Trump backers | Pew Research Center(英文)

リスペクトできないとは、政治的な意見の違いによって人間性を認めないということで、どちらが不寛容なのかわかりません。

 

英米共に、選挙後反対派によるデモが相次いでいるのも、この辺に原因があるように思えます。

反トランプデモでは、国旗が燃やされるという事態まで起こりました。

全米各地で「反トランプ」デモ 国旗燃やし踏切占拠


差別撤廃は大事ですが、言葉狩りによる言論統制も、同様に全体主義的な空気を生むことを忘れてはいけません。何事も行き過ぎは禁物です。

 

トランプ氏も、当選後は暴言をおさえ、宥和の方向に進めようとしているようですが、彼が勝利宣言で語った、

『私はここに誓います。私は、全てのアメリカ人の大統領になります。
私を支持しなかった方にも、私は手を差し伸べます。皆さんの支援、そして導きを求めます。一致団結して、この国を偉大な国にしていきましょう。』

を実現できるか否か、手腕が問われるところです。

 

  • 日本のとるべき姿勢

さて、日本です。

TPP離脱を公約に掲げるトランプ氏当選の直後、TPP承認案を衆院で可決した顛末は、安倍首相の「TPPがなかなか進まないということになれば軸足は(中国主導の)RCEPに移っていく」という趣旨の発言で、(賛否はともかく)ある程度理解はできましたが、問題はそこではありません。

安倍首相:中国主導のRCEPに軸足移る-TPP進まなければ - Bloomberg

山本農水大臣の失言問題ばかりが取り沙汰され、TPPの何が利点で、何が問題なのかが浮き彫りになる審議や報道にならなかったことが問題なのです。

TPP離脱となれば、米国との新たな二国間協定が俎上に載るでしょう。TPPについて国民の理解を得るにせよ、米国と新たな交渉をするにせよ、日本の国益にあった通商条約の姿を議論し、発信して頂くことに意味があります。

 

加えてトランプ氏は、事実誤認や選挙用のオーバートークがあるにせよ、日米安保を「ただ乗り」、日本の核保有容認といった発言をした人物です。つまり「日米安保強化のためのTPP」論は前提から崩れているのです。

となれば、防衛・安全保障についても、国民の付託を受けた議員が与野党共に堂々と本質論と現実論を議論すべきです。

 

70年続いた敗戦後の枠組みも、30年続いたグローバル化の潮流も転換点を迎えています。

グローバリズムの反意語は鎖国ではありません。トランプ氏ですら、勝利宣言で

『私たちは、常にアメリカの利益を最優先しますが、全ての人・国に公正に対応します。紛争や対立ではなく、この機会にパートナーシップを。共通認識を探っていきます。』

と語っています。

つまり、国民主権の復活による国益の重視なのです。

 

日本も、周回遅れのグローバリズムを進めるのではなく、新たな国家像と国際協調の枠組み・役割を考えるべき時が来ています。