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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.90 伊勢志摩サミットと「子象と鎖」

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  • 伊勢志摩サミット首脳宣言

去る5月27日伊勢志摩サミットが閉幕、首脳宣言が採択されました。今回、議長を務めた安倍首相は相当頑張られたと思います。

まずサミットに先立って各国を訪問し、世界経済の抱えるリスクと財政出動の必要性を訴えました。ドイツやイギリスと折り合えなかったという報道が目立ちましたが、賛同者も多く、例えばカナダのトルドー首相とは「財政出動が重要との認識で一致」したそうです。

日加首脳が会談、財政出動が重要との認識で一致 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

 

冒頭、あえてカナダを紹介したのは、トルドー首相が、

「財政規律は必要だが、適切な分野に投資することも必要。目標を恣意(しい)的に設定し、それにこだわるのは、私が選挙戦で反対したことだ」

「私が執着しているのはパーフェクトな数字ではない。短期的な成長のみならず、中長期的な繁栄につながるパーフェクトな道、正しい道を見つけたい」

財政赤字目標にこだわらず、経済成長を重視=カナダ首相 | ロイター

という適切な経済観を語っているからです。

この方向性についてはノーベル経済学者のクルーグマン教授も「先進諸国よ、カナダに学べ!経済が停滞している今こそ投資すべき時だ」と賞賛しています。

クルーグマンが断言 「先進諸国よ、カナダに学べ!経済が停滞している今こそ投資すべき時だ」 「脱・緊縮財政」のススメ | The New York Times | 現代ビジネス [講談社]

 

そして、ドイツやイギリスの反対に合ったにも関わらず、安倍首相は、サミット初日の討議で資料を示しながら「リーマンショック級の危機」と発言。これにもキャメロン・メルケル両首相は異論を挟んだようですが、それでも首脳宣言に、

「<前略>我々は、強じん性を高め、債務残高対GDP比を持続可能な道筋に乗せることを確保しつつ、経済成長、雇用創出及び信認を強化するため我々の財政戦略を機動的に実施し、及び構造政策を果断に進めることに関し、G7が協力して取組を強化することの重要性について合意する。<後略>」

と盛り込むことに成功しました。

出典:http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000160267.pdf(P1~P2 「 , 」を「、」に修正。以下同じ)

 

  • 二つの価値

首脳宣言のこの部分には二つの価値があります。

一つ目は、文字通り財政出動によって日本経済および世界経済が浮揚できる可能性が高まったことです。「財政戦略」という難民対策や環境投資まで幅広く解釈できる言葉を使うことで、メルケル・キャメロン両首相が歩み寄ったとのことですが、後略部分に、

「我々は、環境、エネルギー、デジタル・エコノミー、人材育成、教育、科学及び技術など、経済成長に資する分野への更なる投資にコミットする。」(出典:上記P2)

と記載されています。

インフラについても、P4~5にかけて
「我々は、適切な水準の公共投資を確保することを意図するとともに、民間部門との連携による資源の効果的な動員によることを含め、不足に対処するための質の高いインフラ投資を促進する。」
とあります。

 

現在の不況の原因を「総需要の不足」と認識し、デフレ(ないしディスインフレ)脱却のために政府が足りない需要をつくり出そうというものです。これらの投資が将来のイノベーションも含めた生産性向上、そして経済成長に結びつけば、トルドー首相の言う「中長期的な繁栄につながる正しい道」となります。

これで「デフレは貨幣現象」という仮説に基づく、金融政策一本槍の経済運営を方向転換しやすくなりました。

 

二つ目は「債務残高対GDP比を持続可能な道筋に乗せることを確保しつつ」という言葉が入ったことです。

一見、財政出動を否定しているようですが、よく耳にするプライマリーバランス(以下、PB)の黒字化より随分マシです。PBは毎年の「借入金を除く税収などの歳入と過去の借入に対する元利払いを除いた歳出の差」ですから、目線がどうしても短期になり、コスト(歳出)削減が中心になります。

一方、投資の効果は中長期の取り組みによって生み出されるものです。短期的な利益の上昇圧力を受けがちな企業経営者であっても、新たに行う投資の成果を今期回収できるとは思いません。より長期的な存在である国家であれば尚更、中長期的な国民の安寧と豊かさに心を砕かなければなりません。

「債務残高対GDP比を持続可能」にするためには、短期では支出(投資)を増やしてPBの赤字幅を拡げてでも、分母であるGDP(=我々の所得の合計)を中長期的に増やせる状況を築いていく必要があります。

 

債務残高対GDP比というと、「日本は200%を超えており突出して高い。とても財政出動をする余裕はない」そして「国の借金1,000兆円、国民一人あたり・・・」というのが緊縮財政派の決まり文句です。

何年にも渉って繰り返し報道されていますので、固定観念になっている方も多いのではないでしょうか。

 

しかし、財政出動する余裕があるか否かというのは、国債金利とインフレ率の低さによります。財政出動のために国債を発行する際、買い手が少なければ金利が上がります。また身の丈を超えて過剰に発行しすぎるとインフレ率が上昇します。

こう考えると、金利が史上最低水準で、インフレ目標が達成できない日本は、それとは真逆で財政出動を行う余裕(ないし必要)があるということなのです。

 

加えて、日本国債は90%以上が国内で保有されています。

国の借金ではなく政府の借金であり、国民や企業の預金が巡り巡って国債の購入に充てられているので、国民はむしろ貸している側です。


さらに日銀は政府の一員であり、日銀保有分の国債金利は国庫に戻りますので、本質的な債務残高は「政府の債務残高-日銀保有分」で計算されるべきです。そして黒田バズーカ以降、その残高は減少しています。

 

さらにさらに、元財務官僚の高橋洋一氏は「現代ビジネス」において、

「借金1000兆円というが、政府内にある資産を考慮すれば500兆円。政府の関係会社も考慮して連結してみると200兆円になる。これは先進国と比較してもたいした数字ではない」と喝破した上で、「資産といっても処分できないものばかりでしょう」という反論に対し、「多くの資産は金融資産なので換金できる」と指摘しています。

「日本の借金1000兆円」はやっぱりウソでした~それどころか…なんと2016年、財政再建は実質完了してしまう! この国のバランスシートを徹底分析 | 高橋洋一「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]

 

定説を信じ込むと、固定観念によって真相が見えなくなることがあります。

緊縮財政至上主義も財政破綻論もこの類いである可能性が高いのです。

 

「子象と鎖」という寓話をご存じでしょうか?
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あるサーカス劇団で、サーカスに出演する象を育てようと子象を仕入れました。その子象が逃げ出さないように、地面に杭を打って、そこに鎖をかけて子象の足につなぎ、逃げられないようにしました。子象は何度も鎖を断ち切ろうとしますが、その鎖は子象の力では断ち切ることが出来ません。杭を倒そうとしても、びくともしません。何度も子象はそれを試みますが、何回やっても無理で、やがてあきらめてしまいます。


そして時が経ち、その子象は大人の象に成長しました。大人になった象の力をもってすれば、鎖を断ち切ることも、杭を倒すこともできるはずなのに、それを試みようともしなくなっていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
といったお話です。子象の時の経験から「この鎖は断ち切ることができず、杭は倒れない」という固定観念の鎖に縛られてしまったのです。

 

インターネット上には玉石混淆(ぎょくせきこんこう)で様々な情報が渦巻いていますが、固定観念に囚われないために、複数の意見を知り、自分の頭で考える習慣を身につけることが必要です。拙稿もそんな一助になればと願っています。

 

さて、最後に日本の経済政策について。

サミット閉幕後、安倍政権はどのような道を歩もうとするでしょうか?不安がないわけではありません。

リーマンショック級」「債務残高対GDP比」という言葉を使ったのは、消費増税以降の緊縮財政やPB目標の閣議決定といった自身の失策を有耶無耶にしたまま方向転換しようとしているだけかも知れません。

経済が好転すればそれはそれで良いのですが、明快に過ちを認めて方針転換した方が、国民も政治家も固定観念の鎖を断ち切りやすくなるので、後世のためになります。


また首脳宣言の中でも、財政戦略には「機動的」、金融政策や財政政策には「構造改革」と「 」部が常にセットになっていますが、実際のところ構造改革は供給力を高めるインフレ対策=デフレ促進策が中心ですので、逆効果になることが多々あります。

加えて、「機動的な」財政出動ではイノベーションや生産性向上を生むような長期プロジェクトへの着手ができるかどうかに不安が残ります。

 

要は、デフレ対策には財政出動と金融緩和、景気の過熱を抑えるときに緊縮財政・金融引き締め・構造改革と、病状によって処方箋を変えないといけないのです。

 

恐らく国会会期末の明日、6月1日には消費増税の再々延期が表明されるでしょう。毎日のように延期期間が報道されていますが、これも悪しき固定観念です。

延期以外の道、すなわち「凍結ないし中止」、「こういう状態を実現するまでは無期限延期」、「消費増税による消費の低迷を回復させるために減税」の方が経済に好影響を与えるに決まっています。

首脳宣言はあくまで宣言であり、実際に各国がどういう政策を選ぶかが重要です。

日本の場合、消費税問題と大型補正予算でどこまで踏み込めるか、伊勢志摩サミットが「失われた20年」から脱する転機となるか否かを注視していきたいと思います。