読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.66 仕事・会社に対する「誇り」と資本主義の未来

f:id:msandc:20150304122456j:plain

  • 『資本主義の預言者たち ニュー・ノーマルの時代へ』

 当ブログで度々紹介している評論家の中野剛志氏は、近著『資本主義の預言者たち ニュー・ノーマルの時代へ』(角川新書 ※2009年に出版された『恐慌の黙示録』(東洋経済新報社)の加筆・文庫版)で、ミンスキー、ヴェブレン、ヒルファーディング、ケインズシュンペーターという五人の経済思想を紐解いた上で、そこに共通する考えとして『二〇世紀初頭に顕著になった「(企業の)所有と経営の分離」は、資本主義の基本的な性格を根本的に変えることになった』と言います(出典:『資本主義の預言者たち ニュー・ノーマルの時代へ』 中野剛志著 角川新書 p263 ( )内は並木加筆)。ヴェブレンが「営利による産業の汚染」と呼んだ現象が顕著ですが、企業を所有する資本家が短期的な利益を求める傾向が強くなるほど、社会が必要とする実質的なニーズに応えるための経済活動を行う企業(産業)が中長期的な視点を持ちにくくなり、逆に『株式市場の変動が経済社会全体を不安定にし、将来の不確実性を高める結果、人々は、中長期的な将来の目的を設定し、その目的に向かって行動することが困難になる』という訳です(出典:同上 p266)。

 この病根は、最近話題のトマ・ピケティ氏の主張に代表される格差問題や、ジャーナリストの堤未果氏が、「(国家の)株式会社化」という言葉を使って現代アメリカの病巣を捉えた、(国籍不問の)資本家への富の集中によって、彼らの政治やメディアを介した世論形成への影響力が増し「政治(法律)を買う」という現象、とも根っこが共通していますが、今回は、この問題を企業経営の側面から考えてみたいと思います。

 

  • 日本的経営の再発見

 中野氏は同書の中で、『企業とは、経済的な主体であり、金銭的利益を生み出すことを目的とする組織ではある。しかし、実際には、多くの企業が、純粋に経済的利益だけを目的とするわけではない』『企業で働く経営者や労働者は、単に賃金という金銭的関係によってのみ結ばれているのではない』と語っています(出典:同上 p267)。当然です。P.F.ドラッカー氏が語っているように「マネジメントにとって利益とは、明日更に優れた事業を行なっていくための条件である。同時に仕事ぶりを測るための尺度である。目的ではない」のです(出典:『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』 上田惇生著 ダイヤモンド社 下線部:並木加筆)。こちらに重きを置いた成功例として中野氏が触れているのが、『経営者や従業員たちが、勤務する企業に対して愛着や忠誠心を抱き、企業の長期的な利益のために短期的な利益を犠牲にすることを厭わなかった。これを可能にしたのは、共同体的な性格を帯びた経営システム、いわゆる「日本的経営」』です(出典:同上 p278)。日本的経営というのは「終身雇用」や「年功序列」が特徴だと言われますが、本質的には、企業と社員の相互のロイヤルティを如何に育むかだと思います。そのためには安定雇用の上で人生設計ができるという環境が必要でしょう。その方法論が終身雇用や年功序列型賃金です。終身雇用とは人材に対する究極の長期投資なのです。

 

  • 日本人にとっての仕事・会社に対する誇りの大切さ

 もう一つ、中野氏の重要な指摘を紹介します。
『自分にのみかかわること、利己的で短期的な利益に関するものではなく、自分の寿命より長期にわたる事業、自分が生きている間には実現することができない理想を目的として行動する。それによって、人は生き甲斐のある、活気に満ちた人生を送ることができ、また、道徳的であろうとすることを継続できる。これが、短期的な利益よりも長期的な目的を優先すべき理由である。

 他方で、人間は、利己的な性質を持ち、長期的利益より短期的利益の誘惑に屈しやすい愚かな面を持っている。にもかかわらず、そのような人間が、自分の寿命より長期の未来に思いを馳せることができるのはなぜか。それは、人間が、幾世代にも渡って続く共同体の一員であり、その共同体にアイデンティティを持っているからである』(出典:同上 p250)

 こう考えた時、特に日本人にとって「仕事・会社への愛着およびその源泉となる誇り」というのは、非常に大きなテーマではないかと思います。

 なぜなら日本では、敗戦という経験を境に、国に対する誇りを持ちにくい教育が行われてきたからです。年始の投稿で作家・評論家の佐藤健志氏の発言を引用したように、日本では、『左翼的な人は「戦前は暗黒の時代で戦後になって良くなった」と言い、保守と呼ばれる人は、逆に「戦前は良かったが戦後になって駄目になった」と言う。どちらの立場をとるにせよ戦前と戦後が切れているということが前提となっている』からです

Vol.63 日本について ~敗戦をめぐるアメリカ化と憲法問題~ - 社長の「雑観」コラム

 一般的には戦前の日本は悪かったという方がマジョリティでしょうが、いずれにせよ、「70年前までの日本は酷かった」あるいは「敗戦後、骨抜きになった日本はだらしない」では、国という最も重要な共同体に対して、愛着を持ちにくいことに変わりはありません。また地域共同体は、程度の差こそあれ近代化の過程で重要度が薄められ、その中で産業資本主義が育ってきましたので、会社という共同体および企業活動を通じて築いていく長期的目標への重要性が相対的に増すわけです。「企業の寿命は三十年」などとも言われますので微妙なところもあるのですが、本来、企業は長期にわたって社会に貢献すべき共同体であり、実際、日本は百年以上続く老舗企業が2万7千社を超え、世界で一番多い国だそうです。

日本は100年以上続く企業が世界一多い国だ!でもなぜ!? | マイナビニュース

 こうしたことを踏まえた上で、一経営者として「企業・仕事に対する誇り」の大切さを改めて考えてみたいと思います。

 人はその時の調子の善し悪しで、気持ちが前向きにもなれば落ち込みもします。そういう時、会社の仕事(あるいはその他の共同体)に総体として誇りを持てていれば、心が折れず、生き甲斐を見出しやすく、ある程度は自分を律して、道徳的にすらなれます。なぜなら、自分は大した存在ではないと落ち込んでいても、進んでいる方向性には自信が持てているため、(その構成員である)自分の行動や存在は無価値ではないと「自己肯定」しやすいからです。そうして継続した努力が実れば、やり甲斐も生まれます。一方、愛着を持った社員が様々な局面で現状を改善しようという努力を続けてくれることで、会社の存続も実現できます。

 手前味噌になってしまうかもしれませんが。当社では、経営指針に「社員第一主義」と「顧客中心主義」を並列で掲げています。「顧客第一主義」というのはよく聞く言葉ですが、「社員はお客様のことを思い、経営陣は社員と社会のことを考える」。それで良いのではないかと思っています。そのつながりが深まれば、企業への愛着や仕事へのやり甲斐の源泉になる「誇り」が生まれやすくなるのではないでしょうか。

 

  • 所有と経営の協調

 資本家との関係でも、少なくとも日本では長期的視点と短期的利益のバランスを取りやすい状況にあると思います。これまた自社の例で恐縮ですが、当社は2009年からの六年の間に、異なる二社の金融プレイヤーを主要株主としてきました。よい相手に恵まれたこともあるのでしょうが、長期と短期のバランスに対して苦言を呈されたことはありません。また日本の株式市場では、保有株式のシェア以上に売買高では外国人投資家の方が多いというのが実態のようです。国内の多くの投資家が短期利益に汲々としている訳ではなく、国内の資金が余っている(国の経常収支が黒字=貯蓄過剰の状態にある)以上、協調することは十分可能です。

 

  • 資本主義の未来に向けた経営者の矜持

 協調すべき方向は、企業の目的である「理念」実現を目指した経営を行うこと。そして、理念と(企業存続の条件である)利益を生む源泉である社員の誇り、ロイヤルティを育むことです。社員満足→顧客満足→業績向上→増えた利益を生かして次の社員満足(働きがいや働きやすさ)を生むという連鎖をサービスプロフィットチェーンと呼びますが、それに社会を含めると、近江商人の心得「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」になります。売り手の中には社員・経営・株主が含まれます。日常の企業活動において、本来、株主と経営は裏方です。現場で価値を創造する社員の誇りを育むことが、自分も含めた様々な関与者の幸福と社会への好影響、ひいては不況や格差で壁にぶつかっている「資本主義」の修正された未来を築くことにも繋がっていくのではないでしょうか。きれい事だと思う方もいらっしゃるでしょうが、大切なことはバランスをとりながらも、それを貫けるかどうか。まず、経営側が矜持を持つことです。矜持というのは「誇り」あるいは「誇りを持って示す態度」ですから、それを基にした会社や社員、社会に対する愛着・忠誠心が出発点になると思います。