社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.119 「憲法」と「護るべきもの」を考える

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あけましておめでとうございます。

拙い当ブログをお読み頂いている皆さま、本年もよろしくお願い致します。

 

安倍首相は年頭記者会見で、

「新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民にしっかりと提示し、憲法改正に向けた国民的な議論を一層深めていく。自由民主党総裁として、私はそのような1年にしたいと考えております。」

とおっしゃいました。

平成30年1月4日 安倍内閣総理大臣年頭記者会見 | 平成30年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

 

私が正月休みに読んだ本や動画にも憲法に関するものが多かったので、幾つかご紹介しつつ、来年ご譲位が行われる天皇と日本、改正議論が本格化している憲法9条について考えてみたいと思います。

 

  • 八月革命説と皇統

最初にご紹介するのは、明治天皇の玄孫:竹田恒泰氏の著書『天皇は本当にただの象徴に堕ちたのか 変わらぬ皇統の重み』(PHP新書)です。

この本は竹田氏の博士論文の抜粋版とのこと。憲法学会の通説である八月革命説について丁寧に論駁する中で、神話の時代から戦前・戦後の天皇の統治、ひいては日本国のあり方について語られています。

ここでは二点取り上げたいと思います。

 

一つは「八月革命説」について。それは、

憲法改正には限界がある。

・帝国憲法から日本国憲法への改正は、(主権の移動を含むため)その限界を超えている。

・日本はポツダム宣言受諾と同時に法学的意味における革命が起きたと考えることによって、同憲法が違法でないとされ得る。
(参照:同書P22)

というもので、字面だけ追えば「ふーん」ってなものですが、それによれば、

『帝国憲法天皇日本国憲法の象徴天皇の間には法的連続性はなく、象徴天皇は「完全に新しい、別個の天皇制」であると述べる。そのため、「昭和天皇日本国憲法の初代天皇に就位」したと理解され<中略>平成の御代の天皇は、第125代ではなく、第2代となる』(出典:同書P26 漢数字を数字に変更、以下同じ)

のだそうです。

 

私は、現実よりも理論を優先する主流派経済学に批判的ですが、これが通説となっている憲法学もなかなかのものです。考え方は人それぞれとはいえ、「万世一系の皇統」を常識としている国民が大多数ではないでしょうか。

正確な論駁は同書をお読み頂くとして、企業のイノベーションではないのですから、一国の国体や制度を考える際、歴史や伝統に培われた常識に照らす姿勢は必要不可欠です。

 

二つ目は日本の民主主義、天皇国民主権の共存の話です。

『我が国においては天皇と国民が対立関係に入ったことは有史以来一度もない。歴史的に西洋の王宮が軍事要塞であったのに対し、1000年以上歴代天皇が居所とした京都御所には濠も石垣も櫓もなく、御所の中にはいざという時に兵が駐留する施設すらなかった。このことは、日本において天皇と国民の間で権益や利害の対立が無かったことを何よりも雄弁に物語っているといえよう。2000年天皇が存続してきたのは、日本国民が天皇を守り続けてきたことを意味する。<中略>

国民の幸せが天皇にとって一番の喜びであったなら、天皇の意思と日本国民の総意は一致するというのは、論理的には十分にあり得ることである。そして、天皇にとっての宝が国民であり、また日本国民にとっての宝が天皇であったなら、天皇の権威の根拠が国民にあるともいい得るであろう。』(出典:同書P248~249)

 

また、同旨の事象として、

『歴代天皇が「聖帝(ひじりのみかど)」と称して模範としてきた第16代仁徳天皇』が民家から煙が立っていないことを憂い、三年間徴税を停止した「民のかまど」の逸話を挙げ、『この逸話の価値は、記述が事実であったか否かではなく、このように民の幸せを祈る仁徳天皇が「聖帝」と称えられ、その後の歴代天皇仁徳天皇の生き様を模範としてきた事実にこそ本当の意味があるのではないか』(出典・参照:同書P258~259)

と語っています。

 

世界情勢にせよ、経済にせよ、今年も激動の一年となるでしょう。憲法改正はブリグジットのように国民を二分してしまうかも知れません。だからこそ、我々の根っこ=歴史を学び、誇りを育むことが大切だと思うのです。

 

憲法改正は国民を二分してしまうかも知れない」と書きましたが、私はそれでも憲法改正を進めるべきだと思っています。護憲派の方は不快に思われるかも知れませんが、最後の「青山提案」の段だけでもお読み頂き、考えてみて下さい。

 

私が改憲に賛成(といっても内容次第ですが)する理由は、現実が、憲法の前文に書かれた平和主義の前提「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と余りに乖離しているからです。

「平和を愛する諸国民」状態が大戦直後に存在したのかどうかわかりませんが、実際には、北朝鮮が核とミサイル実験を繰り返し、「日本列島を海に沈める」と威嚇、同国に拉致された多数の日本人は未だ帰国できていません。

北朝鮮が「核で沈める」と日本を威嚇-「言語道断」と菅官房長官 - Bloomberg

さらに中国からは、国家主席尖閣諸島での軍事行動を重視していると報じられる始末です。

全文表示 | 尖閣めぐり習近平が不気味な発言 共同が報じた「軍内部文書」 : J-CASTニュース

となれば、京都大学名誉教授の佐伯啓思氏が、

『世界のあちこちで紛争が生じ、テロの脅威が拡散しているとすれば、脅威から国を防衛することこそが先決(だから)である。国家が崩壊とまではいわないまでも、攻撃され弱体化すれば、憲法も法の支配も平和主義の理想もないのである。先決すべきは、国家の防衛の方であって、憲法護持ではない。』(出典:『「脱」戦後のすすめ』佐伯啓思中公新書ラクレ P82 ( )は並木追記)
とおっしゃるように、国と国民を守れる憲法に変えるべきだと思います。

 

分断については既に、格差・右と左・世代間など、様々なところで起こっています。考え方や立場は人によって違うのですから、「正直な説明」と「それに耳を傾け、一致できるところを見出そうとする想像力」。その土台として、ルサンチマンを薄めるため「全体の底上げによる経済成長」によって乗り越えていくべきでしょう。

 

憲法9条の改正について、自民党案は「2項削除」と「2項を維持+自衛隊明記」の両論併記と報道されていますが、年末の自民党憲法改正推進本部」で青山議員が提案し、その場で5名の賛同を得たという案が殆ど報道されていませんので、ご紹介したいと思います。

 

提案内容は非常にシンプルで、9条3項に

「本九条は、自衛権の発動を妨げない」(註:自衛隊ではなく、自衛権です)

という一文を加憲するというものです。

これによって自衛権の保持と侵略戦争の否定が今より明確になります。皆さん、どうお考えになるでしょうか?


誤解のないよう捕捉すると、青山氏は「日本語の憲法は、欧米のConstitutionとは違い、人の生き方を語るもの」という趣旨の発言をしていらっしゃいます(十七条憲法を読めばその通りです)ので、本来は全文改正を志す立場だと思いますが、

憲法改正条項に国会議員(両院それぞれ)の三分の二以上の賛成が必要と謳われている中、公明党が2項削除に否定的

公明・斉藤鉄夫氏、戦力不保持の2項削除に否定的見解 9条改憲案に言及 - 産経ニュース

拉致被害者の奪還に向けて北朝鮮を動かすためには9条改正が必要

という現実から、「必要な妥協はしなければいけない。しかし、変な妥協はしてはいけない」とも説明されています。

※詳しくはこちら↓ この問題は最初に取り上げられています。

【DHC】12/25(月) 青山 繁晴・居島一平【虎ノ門ニュース】 - YouTube

 

このような案を政治家が繰り返し発信し、メディアがそれを取り上げるようになってこそ、議論を深めることが可能になるのではないでしょうか。

因みに、竹田氏が取り上げた「御所」と「民のかまど」の話は、青山氏も時折話されています。安全保障上の危機が迫り、皇位継承も控えている今、改めて「護るべきものは何か」を考えるキッカケになればと思い、年始の投稿とさせて頂きました。