社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.108 GDP速報と『プライマリー・バランス亡国論』

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  •  四半期GDP速報とデフレの加速

5月18日に衝撃の四半期GDP(速報値)が発表されました。

例えばこちらの記事。

内閣府が18日発表した2017年1~3月期の国内総生産(GDP、季節調整値)の速報値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.5%増、この状況が1年続いた場合の年率換算で2.2%増だった。プラス成長は5四半期連続で、伸び率は前期(年率1.4%)から拡大した。』

GDP:年2.2%増 5期連続プラス、11年ぶり - 毎日新聞

と好調な雰囲気の書き出しなのですが、よく読むと

『名目成長率は前期比0.03%減、年率換算では0.1%減で5四半期ぶりのマイナス。』

とあります。

 

どういうことでしょう?

名目GDPは所得や需要、生産の実額を足し合わせたもので、インフレになるとそれだけで上昇します。

一方、名目GDPから物価の影響を控除したものが実質GDP

実質GDPがプラス、名目GDPがマイナスということは物価の影響を表すGDPデフレータがマイナスであったことを意味します。

内閣府の統計表を見てみるとGDPデフレータ(季節調整系列)は▲0.6、この数値はアベノミクス以前の2012年4~6月期以来の低水準です。

統計表一覧(2017年1-3月期 1次速報値) - 内閣府

2013年に「2年間で物価上昇率2%を達成する」とコミットメントして誕生した黒田総裁・岩田副総裁体制の日銀が、異次元の金融緩和を行っているものの、日銀の目標値であるコアCPIの2016年実績は▲0.3%。

統計局ホームページ/消費者物価指数(CPI) 全国(最新の月次結果の概要)

 

デフレ脱却どころか、元に戻っています。

 

「デフレは貨幣現象」という仮説に基づき、アベノミクスならぬクロダノミクス=金融緩和だけでデフレ脱却をするという社会実験は失敗でした。

「デフレは有効需要の不足」という考えに基づき、不況下に消費者や民間企業が消費や投資を増やすという幻想に囚われず、政府が景気と逆張りして、直接需要を生み出さないといけません。

 

にも関わらず、2014年消費税増税以降、安倍政権は一般的なイメージと違い「緊縮財政」を推進しています。

何しろ2012年以降のプライマリーバランス国債関連の収支を除いた歳入と歳出の差)は、

2012年度▲35.1兆円→2013年▲32.1兆円→2014年▲21.6兆円→2015年▲14.3兆円

と、特に2014年以降大幅な節約を続けているのです。

http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kakuhou/files/h27/sankou/pdf/junkashi20161222.pdf

 

節約と言えば聞こえがいいですし、景気が過熱している時には美徳なのですが、景気低迷期に、GDP成長率目標よりも先にプライマリーバランス(以下、PB)目標を重視すれば、いつまでも景気回復(=名目GDP成長率目標達成)ができません。そして、名目GDPは税収に直結するため、中期的には財政・PBも悪化してしまいます。

 

  • 藤井聡氏『プライマリー・バランス亡国論』

その構造について、内閣官房参与藤井聡氏が近著『プライマリー・バランス亡国論』(育鵬社)で説明されています。デフレ脱却のために重要な考え方ですので、ご一読頂ければと思いますが、その中から一部ご紹介します。

 

過去を繙けば、「PB黒字化目標」を設定し、それを達成した国がその直後、財政破綻に陥っているというのです。

『少なくとも筆者の知る限り「PB目標」を設定した国家は、二つしかない。一つがアルゼンチンであり、もう一つはギリシャだ。』(出典:『プライマリー・バランス亡国論』 藤井聡育鵬社 P27)

 

小泉政権下で竹中平蔵大臣(当時)がPB黒字化を訴えて以来、「プライマリーバランス」という言葉を耳にするようになりましたが、そもそも国際標準でも何でもないのですね。

では、この二国はどうなったか。

 

経済混乱によってIMFから大量の資金を借りざるを得なくなったアルゼンチンは、その条件としてPB黒字化を約束。2001年にめでたく達成したものの、同年暮れにデフォルトしてしまいます。1998年対2002年で実質GDPは▲18%。

アルゼンチンのGDPの推移 - 世界経済のネタ帳

記憶に新しいギリシャでも同様に、IMF等からPB黒字化を条件に融資を受け、2013年に何とか黒字化を達成するものの、2015年には返済ができなくなり実質的に破綻(ギリシャ経済危機)、その後、国民投票で否定されたにも関わらず、IMFやユーロの縛りから緊縮財政を継続せざるを得ず、2007年対2016年の実質GDPは▲26%に及んでいます。

ギリシャのGDPの推移 - 世界経済のネタ帳

(以上、上記書籍P26~32を参照)

 

両国とも急速に国民を貧しくし、塗炭の苦しみを与えました。

 

  • 「失われた20年」とプライマリー・バランス

日本の場合、ゆっくりですが、より長期に、本来得られたはずの成長・豊かさがデフレによって毀損されています。

 

同書には、日本のバブル崩壊後のいわば「失われた20年」経済政策史についても解説されています。

 

それを参照し、私の記憶も含めながらまとめると、

バブル崩壊後、政府が負債を拡大(=PB赤字)することで、かろうじて経済成長=名目GDP拡大=所得上昇を維持させていた。

・ところが1997年、橋本政権が消費税増税と緊縮財政を推進、日本をデフレに突入させ、「失われた20年」が始まる。橋本政権は『「緊縮財政」あるいは「緊縮主義」を本格的に政権の中枢に初めて導入した政権』であり、『実に愚かなことにかえって国債発行額が増えてしまった』。

・翌1998年に誕生した小渕内閣は景気回復を優先し、積極財政に舵を切ったものの、残念ながら2000年に他界。

小泉政権下、好調なアメリカの消費に牽引された海外特需による経済成長が実現。税収も増えたものの、並行して2002年『わが国は遂に、「10年でPBをゼロにする」という極めて緊縮的な財政目標』を導入。増収分が「政府の借金返済」に充てられてしまい、デフレ脱却に至らず。

リーマンショック後の世界同時不況対策のため、麻生政権下で大幅な財政拡大が行われたものの、民主党政権交代

東日本大震災からの復興のため、必然的に財政拡大が行われたものの、その直前の2010年、菅政権が再びPB目標を導入。『このPB制約が、日本のデフレ脱却の歩みを再び、邪魔だてすることになる』。

・デフレ脱却を旗印に誕生した安倍政権下、2014年消費税増税までは好調に推移。しかし、PB目標は毎年閣議決定され、上記の様に、PB的には優秀な成績を残しているが、2014年度以降の緊縮によりアベノミクス以前に逆戻りしかねない。

(以上、上記書籍第6章『企業と政府の負債(PB赤字)が経済を成長させる』P228~249を参照。『 』部完全引用P241、246)

という感じです。

 

  • 経済成長がカギ

念のため、1980年以降の日本のPB=基礎的財政収支のグラフをご覧下さい。

 

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(出典:世界経済のネタ帳

日本の基礎的財政収支の推移(1980~2017年) - 世界経済のネタ帳

 

バブル期を見れば分かるように、好況期には税収が増えるため、放っておいてもPBは黒字化します。

『プライマリー・バランス亡国論』の中で藤井氏も、今後10年間の平均名目成長率が3.3%であれば、2025年にPB黒字化が実現するとシミュレーションされています。そして、この数値は「名目3%、実質2%程度の成長率を確保する」というアベノミクス本来の目標に近いのです。

(以上、上記書籍P119、P131-132を参照)

 

一方で政府が需要創造、特に投資を行われなければ長期的な成長は勿論、安全さえ危ぶまれます。

 

アルゼンチンやギリシャのような急速な貧困化・発展途上国化には見舞われていないものの、日本は1997年以降、先進国も含めた世界各国の成長に取り残されてきました。

※参考

Vol.106 大義を持って、それに寄せていく ~政府と企業の役割~ - 社長の「雑観」コラム

G7各国の1997-2015年の名目GDP成長率を記載しています。

例えば、その間アメリカ2.10倍、イギリス1.99倍の成長率であるのに対し、日本は0.95倍です。

 

安全面では、インフラの老朽化による事故が多発するようになり、高確率で発生が予測される大規模震災への備えも不十分です。

さらに、経済停滞に加えて「防衛費のGDP1%枠」という、1976年三木内閣で閣議決定、1986年の中曽根内閣で既に撤廃を決めた概念に囚われているうちに、急速な経済成長とそれ以上の比率で軍事費拡大を行った中国に領海・領空の侵犯を受け、経済成長や人民の生活とは無関係に先軍政治を進める北朝鮮のミサイルの脅威に晒されているのが現実です。

 

  • 「正しい順序」と「正しいタイミング」の重要性 

以前、『1分間自己管理』(ケン・ブランチャード、スティーブ・ゴットリー著 ダイヤモンド社)という書籍から、「正しい仕事の仕方」についてご紹介しました。

・正しいことをやる。

・正しい理由でやる。

・正しい人たちとやる。

・正しいタイミングでやる。

・正しい順序でやる。

・全力を集中してやる。

・正しい結果を生み出す。

 (出典:同上 P54)

というものです。

Vol.70 正しいことを、正しい理由で、正しいタイミングで行なう ~書籍『1分間自己管理』より~ - 社長の「雑観」コラム

 

経済政策において、「正しいこと」はインフレ期とデフレ期では逆になりますが、

・PB黒字化のためには経済成長

・経済成長のためにはデフレ脱却

・デフレ脱却のためには財政拡大

を先行させる、「正しい順序」が大切です。

また、

・「名目3%、実質2%程度の成長」が巡航速度になるまで、「節約を我慢」する

のが財政健全化のためにも「正しいタイミング」です。

 

クロダノミクスによって、政府に子会社である日銀も含めた「統合政府」の債務対GDP比(これが本質的な財政規律の指標)は大幅に減少、国債は超低金利で発行できます。

この「タイミング」を生かした、正しいデフレ対策を打って欲しいと思います。