社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.97 変化の兆し:グローバリズムをめぐる攻防

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このブログで何度か、経済学者ダニ・ロドリック氏が著書の『グローバリゼーション・パラドクス』(白水社)などで提唱した

・ハイパーグローバリゼーション

国民国家

・民主政治

の三つは同時に達成できないという「世界経済の政治的トリレンマ」について触れてきました。

 

相変わらずグローバル化を無条件に礼賛する声が主流ではありますが、皮肉にも、金融資本主義によってグローバル化を先導してきたはずのアメリカとイギリス、「国民国家」を放棄するかに見えたEUが大きく揺らいでいます。

 

イギリスでは勿論、「ブレグジット(イギリスのEU離脱)」です。

以前、

Vol.92 イギリスのEU離脱とポピュリズム - 社長の「雑観」コラム

で否定・肯定両面から論じましたが、

仏の著名な歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏は、ブレグジットの理由を以下のように語っています。

『このたびの国民投票が示したものは非常に明らかです。出口調査によれば、EU離脱(ブレグジット)の第一の動機は、移民云々ではなく、イギリス議会の主権回復でした。イギリス人にとって政治哲学上の絶対原則は議会の主権にあるのですが、EU離脱を選択するまで、イギリス議会は主権を失っていたのです』(出典:『問題は英国ではない、EUなのだ ~21世紀の新・国富論~』 エマニュエル・トッド著 文春新書 P27-28)。

※私も含め、多くの人が言及した移民問題は、第二の理由として取り上げられています。

 

イギリスは議会制民主主義の元祖。その国で国家主権(=国民国家)の回復が民主主義によって決定されたということです。

 

さらに10月5日、メイ首相は、『上流階級への反発から欧州連合(EU)離脱を求めた労働者階級に政府は寄り添うべきとの新たな方針』を示しました。新自由主義に基づく、極端なグローバリズムや格差拡大への決別宣言ともとれる内容です。

英首相「労働者に寄り添う新保守党に」、特権階級寄りから決別 | ロイター

この辺の、「懐の深さ」ないし「変わり身の速さ」にイギリス政治の分厚さを感じます。

 

そのイギリスも含めて、ヨーロッパ諸国は難民問題で大揺れです。

ドイツのメルケル首相が、「政治難民の受け入れに上限はない」と難民歓迎の意向を表明したことで、シリアを始めとした中東やアフリカからヨーロッパへの政治難民と経済移民の大量流入が決定づけられました。

 

こうした姿勢を前出のトッド氏は、
『ドイツでは、すでに存在するトルコ系移民の統合すらうまくいっていません。にもかかわらず、ドイツはシリア移民を大量に受け入れようとしています。人口問題を安易な方法で解決しようとして、つまり人口減少によるパワーの減退を手っ取り早く移民で補う安易な政策を採ることによって、みずから危険を引き寄せているのです。』(出典:同上 P182)

と喝破しています。つまり人口減少で悩むドイツが、安価な労働力を求めて移民流入を認めたということです。

 

注記しておきますが、トッド氏は適切な移民受け入れには賛成しています。

ただし、0か1か、善か悪かの安易な二元論で難民・移民問題を語るのではなく、

『(歯止めなき移民受け入れ主義は)移動する外国人の権利を自国にとどまっている諸国民の権利に優先させ、諸国の住民を治安の行き届かない状態に置いています。そうしたイデオロギーは善意の外観にもかかわらず、実はアンチ・ヒューマニズムです。

(中略)移民現象をコントロールしようとする望みを排外主義扱いするのは、無責任にほかなりません』(出典:同上 P42)

という立場ですので誤解のないようにお願いします。

 

大量に流入した難民・移民は、ドイツのみならずヨーロッパ全体を治安・経済両面から混乱に陥れ、当のメルケル首相の支持率は急落。EUは、各国への難民の分担割り当てを打ち出しましたが機能せず、国家主権の一つである「国境検査」を再開する国が増加、

シェンゲン協定崩壊か 後退する欧州合衆国の夢 - 熊谷徹|WEBRONZA - 朝日新聞社

移民制限を唱える政党が支持を伸ばし、遂にメルケル首相自身も、9月に「できることなら時計の針を何年も戻し、政府全体で備えをしっかりし直したいくらいだ」と、半ばではありますが問題を認める発言をしました。

難民対応で問題認める=「時計の針戻したい」-独首相 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 

無制限の人の移動の自由に、国家主権と民主主義が対峙した格好ですが、今後、難民・移民の流入をコントロールできるのか、既にヨーロッパに入った難民・移民は各国の文化に同化できるのか、あるいは紛争を終了させた上で帰国できるのか、全く未知数です。

 

  • TPPと民主主義

一方、アメリカでは大統領選でトランプ現象、サンダース現象を生んだように、グローバリゼーションや、それによる格差拡大への不満が噴出しています。

 

そんな中、民主党独特の特別代議員制度(投票によって獲得する一般代議員以外に存在する、投票先を自分の意思で選べる党幹部や連邦議員)の恩恵でサンダース氏を振り切ったクリントン氏と、トランプ氏によって27日に第一回目のテレビ討論会が行われましたが、二人ともグローバリズムを推進するTPPには反対を表明。

 

先進国にとって自由貿易協定は、途上国への工場移転などで失業や低賃金を生むため、選挙には不利なのです。ここでもグローバリズム対民主主義の構図が見て取れます。

とはいえ、トランプ氏はともかく、クリントン氏の場合はグローバル企業などから大口の献金を受け取っていることもあり、選挙後に立場を翻すのではないかとも言われています。

アメリカでは、米連邦最高裁による2010年(シチズンズ・ユナイテッド判決)と2014年の判決で献金の上限が撤廃されているため、

米最高裁、政治献金の1人当たり上限規制を違憲と判断 | ロイター

グローバル企業や富裕層による政治への影響力がかつてないほど高まっているからです。

アメリカのグローバル化をめぐる攻防は、まだまだ予断を許しません。

 

さて日本に目を転じると、世界的に過度のグローバリズムによる弊害が顕在化する中、これまでのグローバル化の先入観に囚われたまま政治が行われているのではないかと心配でたまりません。

 

TPPは域内のGDPの合計が85%以上を占める6か国以上の批准がなければ(つまり、アメリカが批准しなければ)発効できない仕組みであるにも関わらず、安倍政権はなぜか今国会での批准を急いでいます。

それなりに勉強しているつもりですが、未だにTPPはメリットよりデメリットが大きいと懸念している私にとっては二重の疑問です。

 

また、「働き方改革実現会議」などを中心に、外国人労働者の受け入れにも積極的です。

人手不足が深刻なのは、サービス産業に関わる仕事をしていますので、痛いほど分かっています。

しかし、個々の企業はともかく、少なくとも国家の経済成長を考えたとき、ドイツ型の移民政策による人手不足の解消は、賃金抑制によって国民の豊かさとGDP(経済成長)の下方圧力になる上、欧州の例でも分かるとおり、取り返しがつかないことになりかねません。

それこそ安倍首相がよく口にされる「女性や高齢者の活用」であったり、システム化やAIによる生産性向上。そして実は、何よりも総需要を増やすことで、物価上昇と賃金上昇をセットで受け入れられる社会を取り戻すことが大事です。

何故なら、産業の生産性向上というのは、

  • 労働投入量に対する、付加価値=給与総額+営業利益の増加

ですので、システムやAIの導入で労働投入量(分母)を減らして、生産年齢人口の減少にも対応。そして、賃金と物価の上昇は付加価値(分子)を拡大します。賃金と物価、つまりそれぞれの収入と支出が両方とも上昇するのであれば企業も家計も納得でしょう。本来これが健全な資本主義経済であり、その為にデフレ脱却を目指すのです。

 

加えて、過剰貯蓄と金融緩和によって、銀行が融資先を探すのに困っている状況にも関わらず、「対日直接投資推進会議」などで外資を呼び込むアピールを続けています。

施光恒 国民生活の根幹が破壊されている

デフレで儲からず、先行き不安があるから企業は内部留保を貯めるのであって、投資を拡大するためにも、健全な経済に戻す=デフレ脱却することが先決です。加えて外資は、為替の変動に敏感な上、短期的な収益を重視する傾向にありますから、内資よりも優遇するのは経営の安定のためにも、賃金・GDPの上昇のためにも疑問です。

 

 

英欧米の事例でわかるように、民主政治を放棄しない限り、国の行く末や方向性を決めるのは、最終的には民意であることを肝に銘じておかなければいけません。

 

国際ジャーナリスト:堤未果氏の著書『政府はもう嘘をつけない』(角川新書)から、オバマ大統領に失望し、サンダース候補を応援し、なお将来に自信と希望を感じているロバートさんという若者の言葉を紹介します。

オバマ政権下で1%層のための政策がどんどん実行されるのを見て、初めて気づきました。選挙は一つの通過点にすぎないってことに。

その後もしっかり国会を見て、大統領や議員たちの動きを見て、法律をチェックしていないと、いつの間にか社会はどんどん変えられてしまう。

面倒くさい気もするけど、社会を作ってゆくってことは、そういう地道な作業の積み重ねなんですよね。ヒーローがやって来て、魔法のように変えてくれるわけじゃない。オバマ選挙の時はそんな夢を見てたけどね、僕も少し大人になりましたよ』(出典:上記書籍 P289)

 

国や年齢を問わず、こうした「大人」が失望を味わいながらも、少しずつ良い未来をつむぎ、子供達に渡していくのだと思います。