社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.87 財政政策の方針転換?とスティグリッツ教授の提言

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前回の投稿以降、社業がなかなか忙しくニュースをしっかり追いかけることが出来ていなかったのですが、「消費税再増税の延期」「予算成立後の補正予算編成=財政出動」の方向に舵が切られつつあるようです。

 

第二次安倍政権は「日本を、取り戻す。」というキャッチフレーズで政権奪取を実現しました。その中の「経済を、取り戻す。」ための政策がアベノミクス(大胆な金融緩和・弾力的な経済財政運営・成長戦略の推進や大胆な規制緩和構造改革)でした。

自民党 : 各党公約 : 衆院選2012 : 衆院選 : 選挙 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

それによって2013年は景気回復に沸いたものの、2014年の消費増税以降、実質GDPで見ると対前年の

消費(民間最終消費支出):2014年▲0.9%、2015年▲1.3%

民間住宅:2014年▲5.3%、2015年▲2.6%

と低迷、財政政策について「弾力的」と付けたのが仇になったのか、2013年の公的資本形成(公共投資)は対前年+8%としたものの、2015年は▲2.6%。こうした緊縮財政によって景気が失速し、「アベノミクスの失敗」という声が出ていることはご存じの通りです。

 

今回の方針転換に大きな影響を及ぼしているのはスティグリッツ氏とクルーグマン氏という二人のノーベル経済学者。例によって「外圧」ないしは「外圧の利用」か、、、とも思いますが、正しい方向への軌道修正ですから、その点は脇に置きましょう。

 

国際金融経済分析会合におけるスティグリッツ教授の提出資料はこちらからご覧頂けます。

国際金融経済分析会合(第1回) 議事次第

クルーグマン教授は資料がなかったので、こちらの記事をご参照下さい。

世界経済は弱さ蔓延、収支気にせず財政出動を=クルーグマン教授 | ロイター

 

2014年以降のアベノミクスの「大胆な金融緩和・“緊縮財政”・構造改革」という方向性について、スティグリッツ氏の資料に的を射た指摘が幾つもありますので、今回はそれを紹介しながら、考えてみたいと思います。

まずは「構造改革」について。構造改革というのはもともと社会主義から生まれた言葉ですが、今では米国型の金融資本主義=新自由主義の代名詞になっています。

スティグリッツ氏は上記資料の3ページで米国経済について、

・中位の(家計)所得は、1989年と比較して1%の上昇すら達成していない。

・最下層の実質賃金は60年前よりも低い。

12ページでは、現在の世界経済の深刻な問題について、

・格差、多数の貧困層

・持続的成長を実現するためには、徹底的な「構造変革」が求められる。

また、

・民間部門・公的部門の両部門における短期的志向。

・基礎研究への投資の不足。そして、多くの国ではインフラへの投資の不足。

など、市場経済に根付く問題が、生産性の停滞をもたらしている。

新自由主義的政策を批判しています。さらに44ページでは、

・30年ほど前、多くの先進国では、税率の引き下げや規制緩和といった実験を始めた。

・変化する経済環境に対応し、経済の枠組みを調整する必要があったが、誤った調整がなされてきた。

・結果として、経済成長は鈍化し、格差が拡大。

<中略>

・これらの実験は、大きな失敗であったと今や言うことができる。

と一刀両断です。(出典:上記資料より抜粋。下線部は並木による接続詞や記載順変更など微修正)

 

規制緩和に良いものも悪いものもあるのは当然のことながら、保守政治家である安倍首相が何故、「過度に」構造改革を推進するのか、、、と疑問に思ったことがありましたが、今回の国際金融経済分析会合に呼ばれた二人目:ハーバード大学教授ジョルゲンソン氏は、正に構造改革による生産性向上や消費増税を日本再生の課題に挙げています。新自由主義新古典派経済学なのですね。新古典派経済学発祥の地はアメリカ。安倍首相がアメリカ型保守主義の影響を受けていると考えれば合点がいきます。しかし当のアメリカでも、大統領選挙におけるトランプ候補やサンダース候補の躍進が話題になっている通り、これまでの新自由主義的政治に対する異論が噴出しているのです。


スティグリッツ教授も資料11ページで現在の中心的な課題は「世界的な総需要の不足」であり、29ページで「適切な需要なしには、サプライサイドの改革(並木注:規制緩和や民営化、法人税減税、グローバル化推進など)は、失業を増加させるだけで、経済成長には寄与しない。供給は、それ自体の需要を作り出さない」と論じています。

需要不足のデフレ期は政府が仕事を作り出すことで成長し、通常の経済に戻ってから生産性向上で成長する必要があるのですね。

 

次に財政出動について。同じく資料13ページに

・深刻な停滞時において、金融政策が極めて有効だったことはこれまでにない。唯一の効果的な手段は財政政策。

と指摘した上で、主な対象分野として「教育・健康・インフラ・テクノロジー」などを挙げています。これらへの投資は直近の需要を生み出すばかりでなく、人材が育ち、経済の基盤であるインフラが充実し、生産性向上につながるイノベーションを生む技術革新が進みますので、政府支出の増加が「将来世代にツケを回す」というより、むしろ「資産を残す」ことにつながるということでしょう。

 

現在の日本は新発10年国債利回りがマイナスで推移しています。金融緩和された資金の運用先がなく、国債不足とも言えるのです。内閣官房参与藤井聡氏が提案しているように、この機に大量に国債を発行して基金化し、公共投資やゼロ金利による融資などを通して、リニア開業や整備新幹線の早期実現、その他必要なインフラや教育、テクノロジーや自前のエネルギー開発などへの投資を推進することは、デフレ脱却のみならず、マイナス金利のメリットを国民に還元する意味でも効果的でしょう。

【藤井聡】「ゼロ金利」活用戦略 ~「政府プロジェクト」「ゼロ金利融資」「ゼロ金利投資」の三大作戦を推進せよ! | 三橋貴明の「新」日本経済新聞

 

財政破綻が心配だという方もいるでしょうが、アメリカや日本のように自国通貨建ての国債を発行できている国は、政府に通貨発行権がありますのでデフォルトのしようがありません。加えて、日本は経常黒字=貯蓄過剰であるため、国債の90%以上が国内で保有されていますので、国債を発行・償還しても国内で資金が回るだけです。これはニューディール政策を担ったマリナー・エクルズ元FRB議長の言葉ですが、「自国民から借りることで貧しくなることはあり得ない」のです。

<出典>

海外投資家の日本国債保有比率:

https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/foreign.pdf

マリナー・エクルズ氏の言葉はこちらの動画から引用しました:

創生「日本」4月総会 講師:中野剛志京大准教授 4月26日 後編 - YouTube(17分頃)

経常収支黒字国=貯蓄過剰になるのは、こちらの投稿を参照して下さい:

Vol.52 素直に喜べない法人税減税論 - 社長の「雑観」コラム

 

政府の支出は民間の収入になり、従業員の賃金や企業の利益に変わります。過度にグローバル化していると配当などで利益が海外に流出してしまいますが、日本は幸いなことに、相対的にはグローバル化先進国になっていません。

そして、その政府支出で同時に将来のための資産も築くことができるのです。

 

少なくとも、今上昇しなくて困っているインフレ率や金利が高止まりするまでは心配ありません(因みにリーマンショック前2000年~2008年のアメリカのインフレ率は3%前後、長期金利は4~5%前後でした)。

アメリカのインフレ率の推移 - 世界経済のネタ帳

アメリカの長期金利(10年債利回り)推移チャート

 

  • デフレ脱却のための経済政策

今後ある程度、財政政策の転換が期待できる状況にはなってきましたが、これまでの経緯を考えると不安も残ります。

今後、

・消費増税を延期ではなく、凍結あるいは減税に踏み込めるか

増税先送りでは今の状態と同じです。これだけ長期にわたって消費が戻らない以上、さらに踏み込む必要があると思います。


財政出動が「Too small, Too late」に陥らないか

「小出しすぎる上に遅すぎる」。これは日本のバブル崩壊後の処理に関して、欧米から言われた言葉です。2015年度の補正予算3.3兆円レベルでは20年近く培われたデフレマインドは払拭できません。また世界大恐慌後、ニューディール政策で不況を脱したアメリカが緊縮財政に転じた途端、景気が急降下しルーズベルト不況に陥ってしまったという歴史もあります。一気にデフレを脱却する規模の補正予算を組み、十分景気が温まるまで対策を続ける必要があります。


・給付金などの安易な財政出動に留まらないか

所得を再配分するための給付金の効果も認めますが、通常経済に戻った後は生産性の向上によるGDP成長が不可欠です。政府は今、民間企業に対して投資促進を要請しているのですから、自らも範を示して欲しいと思います。公共投資はバラマキではなく、むしろ何に投資するかの意思決定と調整が要るため、より高い政策能力が必要な筈。長らく公共投資の削減を続けてきましたので経験値に不安はありますが、政治家や官僚の能力に期待したいところです。


といった点を注視していきたいと思います。