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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.82 今年を振り返って:グローバリズムに関わる問題の噴出

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当社も今日で仕事納め。今年最後の投稿となります。

 

今年一年間、本当に様々なニュースがありましたが、テロの頻発と共に、グローバリズムないし新自由主義の弊害が様々な形で噴出した一年だったのではないでしょうか。

以前、何度かご紹介した「世界経済の政治的トリレンマ」(経済学者ダニ・ロドリック氏)とは、

・ハイパーグローバリゼーション

・国家主権

・民主政治

の三つは共存し得ないというものでした。言い換えれば、今年は昨年にも増してこの三つの間のぶつかり合いが顕在化したように思います。

 

7月に行われたギリシャ国民投票で、ギリシャ国民は民主的に反緊縮財政を選んだにも関わらず、結果的に緊縮財政を受け入ることになりました。ユーログローバリズムギリシャの民主主義を抑え込んだ格好です。

 

不況であるにも関わらず緊縮財政を行えば、国全体の需要が更に減り、景気悪化が加速します。そうすると税収が減るので、財政赤字が拡大。そこを問題視し、新自由主義の“教義”である小さな政府・プライマリーバランスの黒字化が唱えられるようになると、更に緊縮財政が強化され、不況のループから脱することができません。

加えて、グローバリズムの一つの象徴とも言える共通通貨ユーロを使っていますので、不況に苦しむ南欧でも、独り勝ちと言われたドイツでもユーロの価値は変わりませんから、ギリシャが通貨安に陥ることで輸出や観光産業などが息を吹き返すことにもつながりません。このユーロ圏の南北問題がユーロ崩壊につながるのではないかと考えていたのですが、実際の欧州ではそれを上回る難問=難民問題が勃発しました。

 

欧州の多くの国はシェンゲン協定を結び、域内の国境検査をなくして人の移動を自由にしています。そこに起きたのがアラブの春やシリアの内戦、自称“イスラム国”の出現という中東・アフリカ地域の動乱です。シリアの情勢が悪化する中、ドイツのメルケル首相が難民受け入れに積極的な発言をしたため、難民や移民が大量流入。一時はドイツ国民も賛意を示したものの、その人数が、
「ドイツ内務省は今年11月末までに中東などから入国した難民らが96万5000人になったことを明らかにした。」

欧州難民:11月末までにドイツ入国96万5000人 - 毎日新聞

に至ると、逆に国内外から批判が続出。ドイツ政府のスタンスも大きく変わっているようです。

並行して、ハンガリーオーストリアでは国境封鎖が実施され、ポーランドでは難民の受け入れや欧州統合の深化に慎重な政党「法と正義」による政権交代が実現。人の移動の自由という面からユーログローバリズムが大きく揺らいでいます。

ポーランド総選挙、保守強硬派勝利 8年ぶり政権交代 :日本経済新聞

 

難民受け入れは人道的には正しいことなのでしょうが、一方で難民を「安い労働力」とみる動きもあります。人件費を抑えて輸出競争力を高めたいグローバル企業の本音なのかもしれませんが、独り勝ちと言われるドイツでさえ(人の移動の自由を背景に)周辺国からの経済移民の流入で、賃金上昇が進んでいないという環境下、文化や習慣、宗教が違う難民・移民が大量に入国すれば、自国民との間で治安上・経済上・生活上の軋轢が起こるのは当然です。一般論としては人道的であっても、自国民の人権、さらには難民の生活を考えても安易に判断していい問題ではありません。現実的に自国民を守るため国境封鎖をしたり、政権交代を実現した国や国民を簡単に責められるでしょうか。

難民受け入れ問題で揺れるメルケル首相の足元 | ハーバービジネスオンライン


そして、直近で欧州が検討しているのがEUによる「域外との国境警備隊」の創設とのこと。それに対し、ポーランドハンガリーは国境管理は各国の主権と反対しています。

【移民ショック】EUが国境警備隊創設を議論 「域外国境のコントロールを取り戻さねばならない」 緊急時に介入(1/2ページ) - 産経ニュース

大量の難民によって各国が主権に基づいて国境管理を行い、それを(グローバリストの好む)超国家的な機関の権限強化によって干渉しようという綱引きが行われています。

 

一方アジアでは、成長する新興国の代表だった中国のバブルが遂に崩壊しました。中国は共産党独裁ではありますが、改革開放路線を通じてグローバリズムと結びつき、各国の資本を受け入れ「世界の工場」として成長してきた国です。

そしてグローバリズムが転機を迎えたリーマンショック後も、共産党独裁ならではの強権を発動、新規融資の拡大を命じるなど超大型の景気刺激策を打ち、国民の消費ではなく投資の拡大によって、不動産バブル、株式バブルを生みながら経済成長を維持するという、いわば「いい所取り」をしてきたのですが、遂に歪みが顕在化しました。

現在、世界はスロートレード(世界貿易量の伸びがGDP成長率を下回る)と言われるように、需要不足に悩んでいます。中国は設備投資もバブルで過剰な生産力を抱えたものの、その売り先がなくなってしまった訳です。中国主導で立ち上げたAIIB(アジアインフラ投資銀行)も、中国の生産物を投資付きで消化したいという思惑があると言われていました。しかしそのAIIBも何と「無格付け」という厳しいスタートになるようです。

中国AIIB、発足直前の異常事態 「無格付け」で債券発行 「ジャンク債」以下 (1/3ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK


中国政府はGDP6.9%程度の経済成長を謳っていますが、今や中国の統計は信じられないということが広く知れ渡り、輸出入や電力消費量・鉄道貨物輸送量など比較的信じられるデータに基づき、ゼロ成長、マイナス成長という見方をする人も増えています。

そして、中国の失速はスロートレードに拍車をかけます。中国向け輸出依存度の高い国の経済を冷え込ませるだけでなく、世界的な原油価格の暴落という現象にも影響を与えています。

「世界の工場」と呼ばれたとはいえ中国における生産はエネルギー効率が悪いので、石油をガブ飲みしながら成長を続けてきたのですが、世界の需要不足と中国経済の失速により原油需要が急減。需給バランスが崩れて原油安が進んでいます。

その上原油市場は、アメリカにおけるシェールガス革命と輸出解禁、シェールガスつぶしを狙ったとも言われるOPEC特にサウジアラビアによる価格競争、自称“イスラム国”による石油の廉価販売が進行しており、先だって行われたOPECの石油減産合意も不成立、シリアや自称“イスラム国”を巡るアメリカとイランの接近による経済制裁解除の見通しなど価格低下要因が重なっています。そこにアメリカの金利引き上げが(緩やかながらも)進んでいきますので、資源に向かっていたお金がドルに回帰し、今後さらに資源国経済に悪影響が及ぶ可能性があります。

 

アメリカ大陸に目を転じると、10月のカナダ国政選挙に「民主主義」vs「グローバリズム」の構図をはっきりと見てとれます。グローバリズム新自由主義=財政緊縮主義に反旗を翻した自由党政権交代を実現したのです。

詳しくはノーベル経済学者ポール・クルーグマン氏のコラムや経済評論家三橋貴明氏のブログをお読み頂きたいのですが、
金利は歴史的な低さで、我国の既存インフラは急速に老朽化している。そして、我々の経済は停滞している。今こそ投資をすべき時だ」と訴え、

クルーグマンが断言 「先進諸国よ、カナダに学べ!経済が停滞している今こそ投資すべき時だ」 「脱・緊縮財政」のススメ | The New York Times | 現代ビジネス [講談社]

不況であるが故に、
『「公共投資によるインフラ整備」
財政赤字拡大を三年間容認」
「富裕層増税と、中間層減税」』
を実施すべきという非常に真っ当な、でも新自由主義とは真逆の政策を訴えて政権を奪取したのです。

カナダに学べ!|三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザーへ blog」Powered by Ameba

 

しかし、問題はカナダ新政権がそれを実行に移せるかどうかです。

「チェンジ」を訴えたオバマ大統領は、雇用拡大では成果を出しているものの、格差拡大や(政治と企業が結びつく)コーポラティズムを変えることは出来ませんでした。

Vol.33 資本主義的民主主義 ~コーポラティズム・レントシーキング・ショックドクトリン~ - 社長の「雑観」コラム

さらに新自由主義=金融資本主義に反対した仏のオランド大統領は、フランスを代表する知識人の一人であるエマニュエル・トッド氏などから、新自由主義色の強い“ドイツの副首相”と揶揄される始末です。

また、残念ながら日本でも「みずほの国の資本主義」と「デフレ脱却」を掲げた安倍首相が、前回の消費増税以降、新自由主義的な緊縮財政と構造改革を進めているように思えます。

 

私は、新自由主義安倍政権が全て駄目だと言っているわけではありません。それでは大学などで学んだ新古典派経済学新自由主義が絶対、あるいはとにかく安倍政権の政策に賛成というのと、「思考停止」という点では同じだと思うのです。

新自由主義新古典派経済学はデフレ下では害悪であっても、世情が安定し、インフレ基調の世界では功を奏する面もあるでしょうし、安倍政権の金融・外交政策や発足当初の経済政策には私も賛成のものが多いのです。

つまり、何かの学説や誰かの政策を絶対視しては駄目だということです。絶対視すれば、個別の問題で悩んだり考えたりしなくて済みますので、ある意味では楽です。しかし、これだけ混沌とした時代に生き、それでも主権者として未来を紡いでいく責任があるのですから、その時の空気に押し流されることなく、都度都度、自分の頭と良識に照らして考えることが大切で、それによって多面的な意見形成ができ、真摯な態度で向き合えば、議論を深め、より良い方法を見出すことにつながるのではないでしょうか。

 

お読み頂いた皆さま、一年間ありがとうございました。

来年、そして将来が皆さまにとって幸多き年となりますように。