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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.81 日本語軽視と議会制民主主義

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前回、『英語化は愚民化』(施 光恒著 集英社新書)を引用しながら、日本語を軽視して英語化を進める危険性について考える中で、馬場辰猪氏の言葉を借りて、

「英語を公用語化すれば、国の重要問題を論じることができるのが、一握りの特権階級に限られてしまい、社会を分断し、格差を固定化する上、国民の一体感が失われてしまう」という趣旨のことを書きました。

 

  • TPP協定文:日本語を正文とせず

それに関連する記事が、経済評論家:三橋貴明氏のブログに掲載されていたのでご紹介したいと思います。

 

<以下引用>

 11月20日の日本農業新聞の「小話往来」に、信じがたい記事が載っていました。

『小話往来「日本語軽視が露呈」

 政府が「日本と米国がリードした」(安倍晋三首相)と誇るTPP交渉。実際、日米で参加12カ国の国内総生産(GDP)合計の8割近くを占め、日米の批准がなければ発行しない。しかし、大筋合意した協定文には「英語、スペイン語 およびフランス語をひとしく正文とする」と定め、日本語は入っていない。

 19日の民主党経済連携調査会。篠原孝氏(衆・長野)が「(日本語を)要求してけられたのか」とただすと、外務省の担当者は「日本語を正文にしろと提起したことはない」と認めた。

 同省は以前、日本が遅れて参加したことを理由に挙げていた。だが、同様に後から参加したカナダは一部地域でしか使われないフランス語も正文に認めさせた。矛盾をつかれても同省は「カナダには政治的に非常に重要な課題だ。日本語をどうするかという問題とは文脈が違う」と言ってのけた。

 政府自ら自国の言語を軽視しているともとれる発言に岸本周平・同調査会事務局長は「今のは聞かなかったことにする。議事録から削除」と切り捨てた。(東)』

<引用終わり>

出典:グローバリスト官僚|三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザーへ blog」Powered by Ameba

 

事実だとすれば、薄ら寒いものを感じます。

TPP大筋合意について「世界のGDPの約四割の経済圏」という言葉が喧伝されていますが、トップはアメリカの22%で二番目が日本で6%。一部地域でしか使われないフランス語を正文に認めさせたカナダは2%強なのですが、それでも日本語を正文にしなかったのです。

http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/10/151005_tpp_gaiyou.pdf

※「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要」P3~4を参照

 

日本人の「謙譲の美徳」と言えば聞こえがいいですが、国益のぶつかる外交の場でそれはないでしょう。記事が事実だとすれば、「日本国民はTPP協定案の正文を母国語で読む必要はないと考えた」と思う方が妥当です。

現在、概要は内閣府のホームページで確認できるものの、完訳版はありません。

TPP政府対策本部

さすがに「霞ヶ関は英語公用語特区」とは言わないでしょうから、政府が日本語訳をすると信じたいのですが、その際にも訳し方の問題があります。

 

貿易摩擦の激しかった1989年頃に行われた「日米構造協議」は「Structural Impediments Initiative」。直訳の「構造障壁イニシアティブ(主導権)」の『「イニシアティブ(主導権)」を「協議」と誤訳したところには背景に政治的な意図が働いているとの指摘がある』ように、都合よく少し手を加えたくなるものです。

日米構造協議 - Wikipedia 

※『「名称」に対する批判』を参照、『 』部は引用

 

さらに問題なのは、日本語訳の予定が報じられないまま、補正予算でTPP対策という報道が先行していることです。

補正予算については、政治的に来夏、消費増税凍結→参議院選挙(ないし衆参ダブル選挙)に持って行くために、あえて急がなかったという見方も出来ますが、2四半期連続実質GDPがマイナス(一次速報時点)という状況を考えれば、出来るだけ早く、大きく(直近の内閣府による需給ギャップが8兆円ですので、少なくともそれ以上)やることが日本経済の為だと思いますので、国会開催後すぐに審議して貰いたいのですが、この中にTPP対策費を入れることは、

・TPP自体の審議がされていないのに、参加が既成事実化されるのではないか

・TPPに参加するとしたら中長期的に必要になるものなので、通常予算で確保すべきではないのか

という二重の疑問をはらみます。

 

私はTPPには反対の立場ですが、それとは関係なく、あらゆる政策はメリットを受ける人とデメリットを被る人を生みます。

であるが故に、日本は議会制民主主義をとっているのです。

つまり、選挙権を持った国民は、様々な問題に良識ある議論が出来ると考える候補者に投票する。当選した代議士は票の束を背負って、責任を持って議論する。当然立場や支持層の違いによって意見が対立しますので、熟議と調整を繰り返し合意形成する訳です。

議論が成立するためには全ての議員は勿論、国民もその気になれば読めるように、日本語の正文が必要ではないでしょうか。

業界団体は関係する部分を訳して意見を表明するでしょうが、国益全体を踏まえて検討すべき国会議員とは立場が異なりますので、「既得権益」といったレッテル貼りなどで、必要以上に歪曲化、軽視されてしまう可能性があります。

 

加えて万一、日本語訳が公開される前ないしは直後に補正予算でもTPPでも審議が進むようであれば大問題です。議会制民主主義が劣化し、それこそ「英語の法律用語を読める一握りの特権階級が支配し、国民が分断され、一体感のない社会」に進んでしまいます。

これは政府・与党だけでなく野党の責任でもあります。政府が至らなければ、批判し、是正させるのが野党の役目であり、そういう野党がいなければ、これまた民主主義が暴走しかねません。

 

  • 協定文の膨大なページ数

さて、ニュージーランド政府は早速、協定暫定案文(英語)を公開したようで、そのリンクが内閣官房のホームページに貼ってあるのですが、とにかくすごいボリュームです。

交渉会合関連情報

これを見て二つのことを思い出しました。

 

一つ目はノーベル経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏が語った「TPPは自由貿易ではない」ということです。

『TPPは特定集団のために「管理」された貿易協定だ

<中略>

どうして「自由」貿易協定ではないのか。私はときどき冗談めかしてこんなふうに答えています。

「もしある国が本当の自由貿易協定を批准するとしたら、その批准書の長さは三ページくらいのものだろう。すなわち、両国は関税を廃止する、非関税障壁を廃止する、補助金を廃止する、以上」』

出典:ジョセフ・E・スティグリッツ|kotoba(コトバ)

 

二つ目はジャーナリスト:堤未果氏の『沈みゆく大国 アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>』(集英社新書)の中の一節です。アメリカ版国民皆保険と思われているオバマケアが強欲資本主義によって変質され、成立した様子が描かれている第二章『 (株)アメリカに学ぶ、大衆のだまし方』の中に『法案は3000ページ!(注・誰も読み切れません)』という節があります。

そこには国民に受け入れられそうにない法案を作ったチームが、とにかくやたらとページ数を増やした結果、

『「(前略)これは法案設計チームの作戦勝ちでしょう。ただでさえ難解な法律用語の羅列なのに、採決直前に3000ページときたら、誰も読み切れないですよ。シンプルですが、実に効果的なやり方です」

下院のナンシー・ペロシ議長が、記者会見の席で思わず吐いた次の台詞(せりふ)が、あとで共和党の激しい攻撃の的になったことは言うまでもない。

「とにかく早く法案を通過させましょうよ、そしたら中に何が書いてあるかわかるんだから」』

出典:『沈みゆく大国 アメリカ<逃げ切れ!日本の医療>』堤未果集英社新書 を参照。『 』部はP111から引用

 

私は自由貿易でないからTPPが駄目だと言いたいわけでも、堤氏の指摘するオバマケアと同様の手法が使われると煽りたいわけでもありません。

ただ、今回は翻訳の壁がありますので、補正予算にTPP対策費が含まれるとすれば、早期に日本語訳をしないと吟味する時間がなくなってしまい、同様の結果を生みかねません。

 

今回の件に限らず、「TPPは自由貿易だから賛成」といった単純論ではなく、

・誰のメリットになり、デメリットになるのか理解した上で、どうすべきかを熟議する。

・国民や中間団体の意見を聞き、一方で迎合せず、世論調査などにも踊らされず、

・日本の歴史・文化に照らしながら、国益と将来につながる判断および利害調整をした上で、

・説明責任を果たしてより多くの国民の理解を得る

という面倒でも真っ当な議会制民主主義を、日本語と共に守ることが、日本を大切にし、未来につなげていくことだと思うのです。