「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.76 上海ショックと日本経済

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お盆明けから「上海(中国)ショック」「世界同時株安」という言葉がメディアを賑わし、どの国の株式市場もボラティリティ(価格変動)が高い状況です。


上海総合指数の推移を見てみましょう。

上海総合 (上海総合) 【0823】 | 株価 チャート 日中足 日足 週足 月足 年足 | 株探


前々回の投稿で書いたように、利下げ、信用取引の拡大、外国人投資家が上海株売買を可能とする上海・香港相互株取引解禁などによって過去1年間で2倍超の高騰をした後のバブル崩壊。その第三波ということになります。

 

  • 中国経済への見解

中国と日本の動向について、8月25日のニッポン放送のラジオ番組「ザ・ボイス そこまでいうか!」において評論家の宮崎哲弥氏と対談した、内閣官房参与本田悦朗氏の発言を軸に、幾つかのデータを使いながら考えてみたいと思います。

2015年8月25日(火) ザ・ボイス そこまで言うか 宮崎哲弥vs本田悦朗 [ゲスト襲来!真夏の激論デスマッチ! ] - YouTube

※本田氏の出演部分は28分頃から

 

 一部抜粋及び意訳ですが、中国経済について以下のように語っています。

※29:40頃から

「中国はかなり特殊な状況があって、まず統計が信用できない。GDP統計に代表されるように彼らは7%成長を実現していると言っていますが、誰も信用していないんです。だから本当に中国で何が起こっているのかわからないので、疑心暗鬼を呼んでドンドン下がってきている」

「中国の経済というのは非常に変わった構造をしていて、普通の国の経済は消費が6割ないし7割、投資が大体2割、残りが経常収支黒字という構造なんですが、中国は消費が25%位しかない。残り50%強が投資。投資で経済を支えている。例えばリーマンショックの直後に4兆元、80兆円位の巨大な公共投資をして経済を支えたんです。彼らの需要を支えるのはどこまでも投資なんですね。消費については消費者が魅力のある商品を中国国内で見つけられない。だから日本に来て(お土産ではなくて日用品を)爆買いする。中国に持って帰ってそれをまた売りさばいているんでしょうけれども、とにかく消費が足りない。また社会保障制度が非常に不十分ですから貯蓄率も高い。それで中国政府も公共事業と同時に金融緩和をするんですが、金融緩和をして中国の銀行が融資を増やすと、その増やしたお金でみんな株を買う。それで今回、上海株が一種バブル状態になってしまった」

 

幸い、中国は資本取引規制を行っていますので、リーマンショックとは違い、むしろ金融ビッグバン以前に起こった日本のバブル崩壊に近い形で、金融機関の破綻リスクが世界に伝播するリスクは低いと思いますが、前々回の投稿で書いたような「大口株主や経営陣の売買禁止」など、政府のなりふり構わぬ株価暴落抑制策が、むしろ今後の展開を読みにくくしているようにも思えます。

とはいえ、中国の実体経済が相当悪化しているようですので、貿易取引や直接投資している企業を通じて、各国ともジワジワと影響を受けるでしょう。経済規模の大きい中国ですから、その負の影響を考慮し対策を打つ必要があります。

 

その上、本田氏が語っているように「統計が信用できない」。何しろ現在首相を務める李克強氏が「遼寧省党委書記を務めていた2007年、中国の国内総生産(GDP)統計は「人為的」であるため信頼できない」と語ったことが「ウィキリークス」からリークされた程です。

中国GDP統計は信頼できない─07年に李克強氏=ウィキリークス | Reuters

信用できないデータに基づいて適切な対策を打つことは至難の業です。

 

  • 日本経済の現状

同じく一部抜粋・意訳となりますが、日本経済に関してはこのように語っています。

※37分頃から
「日本経済にはいろんな力が働いているんです。デフレ脱却するためにアベノミクスは、かなり思い切った加速をつけて金融緩和をする。必要であれば財政出動もする。長期的に成長力を高める構造政策もする。ということでプラス効果は常に働き続けています。ただ、片やそれを相殺するようなマイナスの効果も働き続けるんですね。

その代表的なものが去年の4月の消費税増税。そして2017年4月に予想される次の増税。これがかなりの下押し効果を常に与え続けている。さらに今回の中国効果、それから少し以前のEU・ユーロはどうなるんだろうかという不安感。そういったいろいろな要素が働いていて、今、少し見えづらくなっているんです。

4-6月のGDP成長率が年率マイナス1.6ということで、アベノミクスが失敗したんだという人がいらっしゃいますが、そんなことはなく、あくまでも昨年4月に増税をした効果が、まだ今でも続いているということです。消費増税をすると直前に駆け込み需要があります。直後に反動減があります。これは基本的には上下対称ですので、それほど気にすることはない。ただ、3%増税したということは、実質8兆円の所得が民間部門から政府に移転したということで、そこの効果は未来永劫続くんですね。(中略)それを乗り越えるだけのアベノミクスの効果が出てこないと克服できないんです」。


政府関係者で、これだけ率直に消費税の悪影響を語る方は珍しいです。

 

以前の投稿「Vol.36 消費増税考 ~順番の違う意思決定と狂った羅針盤~」でご紹介したように、内閣府のマクロ計量モデルでは消費増税のマイナス効果を小さく、また短期に想定しており、恐らくそれが政策決定に影響を及ぼしているのでしょう。

一方、他のマクロ計量モデルでは、本田氏が未来永劫と表現したように、長期的に増税の悪影響が続くというシミュレーションがされています。

Vol.36 消費増税考 ~順番の違う意思決定と狂った羅針盤~ - 社長の「雑観」コラム

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(出典:『維新・改革の正体』藤井聡著 産経新聞出版 63ページ)


※上記の投稿で、そのグラフの下に公共投資をGDPの1%行った時の効果の比較を載せています。こちらは他のデータが長期的に1%以上の効果が続くとしているのに対し、内閣府モデルだけがプラス効果を過小評価をしています。これも今後の対策を考える上で重要なグラフですので、合わせてご覧下さい。

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(出典:『維新・改革の正体』藤井聡著 産経新聞出版 60ページ)

 

  • デフレ脱却のための対応策

さて、どうしたら良いかということになると、本田氏は(消費を活性化するため)中低所得者の所得補助(定額給付金子ども手当など)に焦点を絞って3.5兆円。宮崎氏は(所得補助は貯蓄に回ってしまう可能性も考慮し)それだけではなく、即効性のある公的部門の物品購入も含めて5兆円と用途や規模に違いがあるとはいえ、補正予算を組む必要があるという点で一致しています。

 

GDP国内総生産)の構成要素は、国内における「個人」「企業」「政府」の消費と投資および「純輸出」で成り立ちますが、評論家の島倉原氏が論じているように、
「民間部門の最終需要である「消費」あるいは「消費+住宅投資」を見てみれば、消費税増税前の2年前はもちろん、アベノミクスが始まる前の3年前の水準すら下回っています。
すなわち、日本経済が順調に回復しているとは到底言い難い状況」なのです。
図表:島倉 原 - タイムラインの写真 | Facebook

メルマガ:【島倉原】アベノミクスの失敗 | 三橋貴明の「新」日本経済新聞

 ※データは消費増税などによる物価上昇分を差し引いた実質値。以下同じ。

 

消費低迷(前年同月比マイナス)の傾向は猛暑効果が期待された7月でも変わりませんでした。

統計局ホームページ/家計調査報告(二人以上の世帯)―平成27年(2015年)7月分速報―

 

何故でしょうか。企業は賃上げをしているものの、物価上昇分を差し引いた実質賃金は2011年以降、前年割れの状況が続いているからです。

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出典:毎月勤労統計調査 平成27年6月分結果確報|厚生労働省

 

 消費が増えてくれないことには、企業も投資を増やせません。輸出拡大を目指しても、中国経済の失速に見られるように全世界的に需要不足が進んでいるので、大変困難です。


こういう時に調整機能を果たすのが、本来プライマリーバランスなどといった年度の赤字黒字を心配する必要がなく、通貨発行権と徴税権を持った日本政府なのですが、対談中に宮崎氏が語っているように、逆に2014年は増税も含めて緊縮財政を行ってしまいました。

 

誤解されている方もいるようですが、安倍政権公共事業を増やしているわけではありません。2015年(平成27年)は補正予算が組まれなかった場合、昭和53年(1978年)以来の低水準です。上記の「公共投資のGDPへのプラス効果」のグラフを思い出して下さい。

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出典:https://www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2015/seifuan27/05-13.pdf 8ページ

 

先ほど本田氏と宮崎氏が語った補正予算の規模について書きましたが、少なめに評価しがちな内閣府の試算でも、現在の需給ギャップ(デフレギャップ)は9兆円程度と見込まれています。

デフレ脱却のためには10兆円規模の補正予算が組まれてもおかしくないのです。

需給ギャップ、4~6月期はマイナス1.7%に拡大 内閣府試算 :日本経済新聞


「中低所得者への所得移転」や「公的部門の物品購入」に加えて、現在の需要と将来の安全保障・生産性向上に資する「公共投資」によって政府が不足している需要をつくることが大切です。

当社の顧客はサービス業ですし、私の知り合いに土木・建設業の方もいませんので、公共投資の必要性を訴えても直接的なメリットはありませんが、投資されたお金は消えるわけではありません。受託企業の社員の給与や別の商品・サービス購入に使われ、世の中をぐるぐる回って経済成長に貢献します。

加えて、今の新入社員や我々の子供の世代に、充実したインフラを残すことができ、彼らの経済活動と安全な生活を支えることができます。

 

政府の借金(国債の90%以上が国内で保有されている以上、いわゆる「国の借金」ではありません)が膨らむという心配をする方もいらっしゃるでしょうが、GDPが成長するということは国全体の所得が向上するということです。その結果、国債発行残高対GDP比は分母である名目GDPが増えれば下げることができます。

そして名目GDPが成長すると、以下の記事に見られるように、税収も上振れします。

税収54兆円迫る 17年ぶりの高水準 政府見込み2兆円以上上回る - 産経ニュース


また、金融緩和を行っているので、日銀保有分を除いた実質の国債発行残高は減少しています。

新世紀のビッグブラザーへ データ44

出典:三橋貴明氏(経済評論家)のブログデータより

 

更に言えば、嘉悦大学教授の高橋洋一氏は、円安で膨らんだ外為特会「20兆円」を財政政策の財源に使えるとしています。

【日本の解き方】外為特会“20兆円”を増税の悪影響解消に使うべきだ 消費者に還元を (1/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK

 

国債発行を「将来世代にツケを回す」というのは緊縮財政を主張する人の使う言い回しですが、

消費増税と中国のバブル崩壊の悪影響を乗り越えるだけのアベノミクスの効果を生み、デフレ脱却を実現するために、金融緩和に加えて、財政出動を行う大型補正予算を組む必要があり、その中に安全保障や交通および物流促進のためのインフラ強化、技術やエネルギー開発への長期投資を含める

ことは直近の経済の好転ばかりでなく、「将来世代に資産を残す」ことにつながると思うのですが、いかがでしょうか?