「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.73 ギリシャ危機と緊縮病

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7月5日ギリシャで、EUなどが求める緊縮策の是非を問う国民投票が行われ、反対61%、賛成37%という結果になりました。

今回は、ギリシャ危機について考えてみたいと思います。

 

まず最初に「国民(住民)投票」という手法そのものについて考えてみます。

今回、ツィプラス首相は国民投票の目的を「民主主義の実践」だと述べました。確かに、文字通り民意を聞くのですから肯定的にとらえる方が多いでしょうが、危険な手法であることも知っておかなければいけません。

ヒトラーが総統として全権を掌握した後、その決定に正当性を与える時に使ったのが民族(国民)投票です。

ナチ党の権力掌握 - Wikipedia 『国家社会主義革命の完了』の章


一時の高揚や大勢と異なる意見を述べることへの恐怖、不十分あるいは偏ってしか与えられない情報などで、十分に思考できないまま投票してしまうことも多いものです。皮肉なことに古代「ギリシャ」の哲学者であるアリストテレスは、「著書『政治学』において民意を最優先させた場合の民主政を、僭主政(せんしゅせい:正当な手続きを経ずに君主の座についた者による政治)に近い最悪のものと規定」したそうです(出典:『なぜ世界は不幸になったのか』 適菜収著 角川春樹事務所 P156)。つまり一つ間違えると、衆愚政治に陥ってしまうというわけです。

 

今回は、IMFへの返済期限が迫るなかで支援を拒否されたツィプラス首相の苦肉の策ではあったのでしょうが、交渉の失敗を国民に「丸投げ」し、改めて反対票を集めることで政権の延命を図ったと批判されても仕方ありません。

今回の民意を背景にした交渉で債務減免や当面の資金繰りを要求するのでしょうが、合意に至らない場合、また7月20日のECBに対する国債償還に間に合わない場合、ギリシャの銀行破綻が現実味を増します。瀬戸際外交を続けている政権の言ですので割り引いて考える必要はあるかもしれませんが、直近の報道では

『スタサキス経済相はギリシャの銀行が崩壊寸前の状況にあると認め、時間的余裕は「48時間以上はない」と述べた』とのことです。

<ギリシャ>返済負担3割軽減など新提案へ (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

実際、ギリシャでは6月29日から銀行からの預金引き出しが一日60ユーロ(現在は50ユーロとのとのこと)に制限されていますが、それも無理になれば、国民生活は困窮を極めるはずです。

ギリシャ、カネ詰まり深刻 銀行の営業停止延長 すっからかんATM続出 (2/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK

少なくともそれがわかっていて、国民投票結果に対して「勝利宣言」というのは無責任でしょう。

ギリシャ国民投票 チプラス首相が勝利宣言 NHKニュース

 

とはいうものの、仮に私がギリシャ国民だったとしたら、やはり「反対」に投票したと思います。緊縮策の継続では救いがないからです。

ギリシャの実質GDPを見てください。

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http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=NGDP_R&c1=GR&s=&e=


リーマンショックが起こった2008年以降で、GDPは名目も実質も25%以上減少、ちなみに失業率も25%前後です。

すなわち、ギリシャ危機が顕在化した2010年以降続けてきた緊縮策がむしろ状況を悪化させてきたのです。

 

ギリシャが危機に陥った理由でよく挙げられるのが、「国民が働かない」「公務員が多い」「財政赤字が大きい」「年金が過剰」「脱税が横行」といったものです。

私もギリシャの脆弱な経済は、国民の人気取りを優先して将来のための投資を怠ってきた結果だとは思いますが、こうした風評にも気をつけなければいけません。

後ろ二つは多分あたっているのでしょう。しかし、労働時間に関しては「各国で実労働時間の算出方法や調査対象業種、実労働時間の捉え方が異なるので、単純に各国間を比較するのは困難な場合がある」という注記があるため、これも眉に唾しながら見ないといけませんが、年間の平均労働時間が

ギリシャ 2,034h

・日本   1,745h

・フランス 1,479h

・ドイツ  1,397h

というデータもあります。

世界の労働時間 国別ランキング・推移 - Global Note


さらに、こちらもデータの取り方の問題はありますが、公務員は人口1,000人当たり

・ドイツ  35.1人

・フランス 35.0人

ギリシャ 30.5人

・日本   18.2人

図録▽公務員数の国際比較

日本よりは圧倒的に多いですが、欧州諸国の中で突出しているわけではありません。それでもデフォルトの危機に陥る国とそうでない国があるのです。

 

日本でも2020年までの黒字化が目標と喧伝されるプライマリーバランスは、

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http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=GGXONLB&c1=GR&s=&e=

なんと、2013年は黒字という状況です。

つまり、少なくとも2010年に起こったギリシャ危機後の不況については怠けているとか公務員が多いといった問題ではないのです。

 

産業(供給力や生産性と言ってもいいです)が不十分な中、ユーロというグローバリズムに飛び込むと好況の時は良いですが、不況になっても同一通貨圏では当然通貨安は起こらず、金融政策の自由を手放ししてしまっていますので、ドイツなどの強国に引っ張られて実力以上の通貨高になります。しかもギリシャはユーロ圏の外縁部。そうすると、ギリシャで言えば観光などの外需がより通貨の安い近隣国に奪われ、ドイツなどの供給力の高い国の産品が流入し自国の産業が育たない。さらに、国内の仕事はより人件費の安いユーロ圏外に製造拠点を移転されたり、移民が重用されるといったことになるのです。

そこに、緊縮策で公務員給与や年金の削減、増税が加わるのですから消費が減退して当たり前です。


一方でドイツは、ギリシャなどPIGS諸国(ポルトガル・イタリア・ギリシャ・スペイン)のお陰(?)で実力と比較してユーロ安が保たれるため、輸出を増やし、経済を潤すことができるという過剰に弱肉強食の状態が生まれるのです。

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http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=TT&d=MEXPORT&c1=DE&s=1990&e=2015


日本の地方交付税などのように、ギリシャに対して国内と同じ感覚で再分配しなければ同一通貨の継続は無理だと思います。

 

今後どのような道を選んでいくのか、この原稿を書いている時点(7月8日)では知る由もありませんが、、、

 

ギリシャが一転、(段階的にでも)緊縮を受け入れたり、ユーロがその代わりに短期の支援を行うことになっても、これまで書いてきたような理由で問題の先送りにこそなれ、解決には至らないと思います。

 

一方、どちらも引かずにギリシャが国内のユーロ不足から、自国通貨ないしは政府の借用証書的なもの(どちらも同じことです)を発行せざるを得なくなると、ユーロ離脱に進みます。その場合は物価が急騰し、ギリシャ国民は一時的に塗炭の苦しみを味わいますが、その後は通貨安によって観光などが息を吹き返し、経済成長しやすくなるはずです。

 

そういう意味では、今回の国民投票はこのままジワジワと苦しむか、一気に苦しむことを覚悟するかの選択だったと言っても過言ではありません。唯一の救いはギリシャは穀物自給率が比較的高く(農水省の2011年試算では80%:農林水産省ホームページ 世界の食料自給率 諸外国・地域の穀物自給率(2011)(試算)より)、漁業も盛んなので、食べ物にはあまり困らなそうだということでしょう。

この時、ユーロ側はトカゲのしっぽ切りですむかというとそうとも言えません。市場はギリシャのユーロ離脱をある程度織り込んでいるでしょうが、ユーロ離脱の道筋ができることで、他のPIGS諸国が追随しないとも限らないからです。

 

ユーロ圏以外の国から支援をもらうという方法もあります。話題になっているのはロシアや中国です。どんな条件がつくかわかりませんが、この場合、ギリシャNATO加盟国ですので安全保障上の問題が発生します。

 

  • 「緊縮病」からの脱却

ドイツ・フランスが率先して財務減免と金融・財政支援を行って、ギリシャの産業育成を図るという道もありますが、こちらも支援要求が他の不況国へと拡がる可能性があります。

また、支援の中心を担うであろうドイツの国民感情として「自分たちの税金を使って、他国の面倒を見続けるのはご免だ」という気持ちは非常によくわかります。ユーロは共通のナショナリズムを持った国家ではないのですから、、、

 

とはいえ、第二次世界大戦被災した欧州諸国のために、アメリカ合衆国が復興支援計画マーシャルプランを推進し、援助によって息を吹き返した欧州の需要によってアメリカも経済的なメリットを受けたという歴史もあります。

<以下、ウィキペディアより抜粋>
「ドル不足が進めば、欧州は海外物資の輸入を縮減せざるを得ない。その影響は欧州諸国を貿易相手としている米国にも及び、米国の経済が低迷するおそれがある。国内の購買力のみでは米国の農工業生産を消化するのは困難であるが、大戦前には米国の輸出総額の42%を占めていた欧州市場は、極度に沈滞していた[94]。欧州への援助は、米国のためにも必要であった。そして、マーシャル・プランほどの大規模援助をなし得る国は、米国以外には存在しなかったのである。実際、援助物資は大半が米国から送られ、利益が国内に還流している。もっとも、米国民の税負担を基礎とする以上、単なる慈善事業に留まらず米国の利益に貢献することが要求されるのは、むしろ自然なことであろう。」

マーシャル・プラン - Wikipedia 『経済政策として』の章

 

国民感情に左右されすぎては衆愚政治に陥ります。適切な政策を説明・啓蒙するのも政治の責任です。ユーロ各国、特にドイツの政治判断にかかっているといえるでしょう。

「情けは人の為ならず」という言葉がドイツにもあるといいですね。

 

さて、京都大学藤井聡教授が『三橋貴明の「新」日本経済新聞』に書かれた原稿によると、

『日本ではあまり取り沙汰されることはありませんが、今、ヨーロッパでは、「アンチ緊縮運動(アンチ・オーステリティ運動:Aiti-austerity movement)」が大きな民衆運動として様々な国で盛んに展開され、様々に報道されて』いるそうです。

【藤井聡】「アンチ緊縮」という民衆運動 | 三橋貴明の「新」日本経済新聞 注:一部変更

 

緊縮志向については日本も同様です。不況を脱する時には相当勢いをつけ、好況が持続するまで待たないといけないのです。欧州も日本も、せめて不況期に緊縮をせまる「緊縮病」を何とか克服したいものです。