「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.72 人口問題と財政問題

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前回お伝えした2014年度GDP統計の2次速報が発表され、1次速報から若干上方修正されました。

実質GDP:▲1.0%(一次)→▲0.9%(二次)

名目GDP:+1.4%(一次)→+1.6%(二次)

消費税増税によって物価が強制的に上がった影響を勘案した実質GDPがマイナスなのは変わりませんが、実質GDPの内訳で大きな変化があったのが、

民間企業設備:▲0.5%(一次)→+0.4%(二次)

です。円安による製造業等の国内回帰や、政府の行っている投資減税などの影響が考えられますが、これは朗報です。設備投資は設備を作るという今の需要と、作られた設備で働く雇用を拡大し、将来的な供給力や生産性の向上に寄与するからです。

 

何故、将来の供給力や生産性の向上が大切か。今回はまずそれについて、経済評論家・作家の三橋貴明氏の卓見をご紹介しましょう。私はこれを聞いて納得し、今後の重要なファクターとして社内でも何度か話をしています。


キーワードは、「人口問題を考えるとき、総人口と生産年齢人口を分けて考える」です。

※生産年齢人口:生産活動の中心となる15歳以上65歳未満の人口

 

人口については当ブログでも何度か触れてきましたが、「人口減少だから日本は成長できない」という考え方に、私は以前から違和感があります。前回のブログでご紹介したように、低成長を続けた日本を尻目に、1991年から2014年の間で1.84倍~2.82倍の名目GDP成長を遂げた欧米の先進各国(アメリカ・イギリス・イタリア・フランス・ドイツ)の中で、日本以上に人口が多い国はアメリカだけです。勿論、ここに挙げた国々より人口規模の小さな国も成長しています。

高齢化などで人口構造のバランスが崩れると、年金などの問題が発生するのはわかりますが、経済成長の可否を語るのはどうかと思います。

三橋氏はそれを一歩進めた形で説明しています。ひと言で言えば「総人口=需要、生産年齢人口=供給力に大きく影響を与える」ということです。

考えてみれば当たり前で、量の違いこそあれ老いも若きも食事をし、衣服を着ますので総人口の増減は消費を通じて総需要に影響を及ぼします。一方、生産年齢人口とは上記の通り働いて生産活動を担うことの多い人達ですから、国全体の供給力に影響を及ぼすわけです。

この二つのデータを見ると面白い傾向があります。

総人口は2008年をピークに減少傾向。対前年比は2012年▲0.2%、2013年▲0.2%

一方、生産年齢人口は1995年がピーク。対前年比は2012年▲1.4%、2013年▲1.5%

明らかに総人口の減少よりも生産年齢人口の減少の方が、早くから生じており、減少幅も大きいのです。昭和22~24年生まれの団塊の世代が2013年時点では丁度64~66歳ですので、減少幅の差は今後緩和されるでしょうが、日本の人口ピラミッドから考えて

総人口の減少率<生産年齢人口の減少率

という傾向は暫く続くと思います。

昨今の就職活動が売り手市場になっている背景には、アベノミクスだけではなく、人口構造の影響も大きいわけです。

 

  • デフレ脱却と経済成長の鍵を握る生産性向上

日本の場合、この人口構造の変化が僥倖(ぎょうこう:思いがけない幸い)となる可能性があります。

デフレが需要不足なのに対し、人口構造上、今後は供給不足になりやすい傾向ですからデフレ脱却に追い風となるためです。デフレ脱却ができればという条件が付きますが、人手不足は賃上げ要因となり、日本のGDPの6割を占める消費にも好影響を及ぼします。

勿論、企業経営の観点からみると、賃上げの必要性が高まり、消費の増加がみられない間(即ち今です)は利益面を考えると厳しい環境です。円安効果の大きい産業はともかく、内需型産業では尚更です。しかし、安易に移民政策などで安い労働力を増やして乗り切ろうとすると、既に欧米各国で起こっている国内対立の火種を生むばかりか、この僥倖を逃してしまうことになりかねません。「生産性向上」で乗り切ることが現在働いている人たちのためにも(安い労働力との競争になると、賃金が抑えられるためです)、将来にむけて成長できる経済環境を築いていくためにも重要なのです。

 

三橋氏は生産性を高めるために必要なのは、技術開発投資・人材開発投資・設備投資・公共投資といった「投資」だと言います。

個々の企業をみれば同時に、現場で働く方々の知恵を集めて、生産性や品質(品質も価格競争に陥らずに、付加価値で勝負をする礎となるので生産性の向上に大きく寄与します)を高めていくという日本のお家芸を発揮することが「生産性」や「働く人たちのやり甲斐」を高める上で重要だと思いますが、マクロな指標で考えればその通りでしょう。その意味でも民間企業の設備投資の増加は朗報なわけです。

北陸新幹線やリニア新幹線を想像すればわかるように、投資には大型のものであればあるほど、請け負った企業の仕事が増えることで当面の需要不足を補い、将来(完成した後)の供給力と生産性を高める特性がありますので、(デフレに悩んでいながら、将来の供給力不足も考えられ、それを生産性向上で乗り越えるべき)日本にとってはうってつけです。

 

  • 日本再興戦略(改定素案)と稲田政調会長の「雨乞い」発言

リニア新幹線の事業費は全額JR東海が負担するようですが、本来、インフラや技術といった大型かつ長期の投資で主役になるべきなのは政府です。

政府が6月22日に提示した「日本再興戦略」改訂2015(素案)の中で「生産性革命」を謳っていますので、意識はしているのでしょう。ただ総論を読んでみると、(内容的に異論は多々ありますが)最初に気になったのは「早すぎる」という印象です。政策で重要なのはタイミングです。

同素案の最初の方で、「アベノミクスは、デフレ脱却を目指して専ら需要不足の解消に重きを置いてきたステージから、人口減少下における供給制約の軛(くびき)を乗り越えるための腰を据えた対策を講ずる新たな『第二ステージ』に入った」とあるように、既にデフレ脱却後の好景気が続いているかのような認識です。そうなると構造改革や競争促進策が並ぶのはわかりますが、それらはインフレ対策であり、デフレ脱却途上にある今の日本には早すぎます。

また、大きな柱として地方創生(ローカルアベノミクス)を掲げていますが、先に地方へのインフラ投資がされていなければ、知恵を絞ろうにも限度があります。

 

一方、先日行われた財政再建特命委員会で自民党の稲田政調会長が「当てにならない成長を当てにし、雨乞いをしてPB黒字を達成させるとか、そういう話ではない」と発言して物議を醸しました。自民党のスローガンが「まっすぐ、景気回復。」だったことを考えると、矛盾を指摘されても仕方ないでしょう。

高所得者の年金減額検討を=成長頼みは「雨乞い」―財政再建で最終報告・自民特命委 (時事通信) - Yahoo!ニュース


「政策経費を国債(借金)に頼らずにどれだけ賄えるか」=プライマリーバランス(PB)なわけですが、お金を刷れない家計や企業と違って、通貨発行権を持ち、自国通貨建ての国債が史上最低水準の低金利で引き受けられている日本国が心配することではありません。財政健全化や改革という印象的なワンフレーズを叫ぶより、現在から将来に向けて、日本国民が物心両面で豊かに、そして安全に暮らすための政策立案に腐心して欲しいものです。

 

また稲田氏の主張のように、歳出削減を優先したプライマリーバランスの黒字化を目指したとしても、良い結果は望めないと思います。

支出面からみたGDPは、

GDP=民間最終消費支出+民間住宅+民間企業設備+政府最終消費支出+公的固定資本形成+在庫品増加+純輸出

ですので、下線部の政府支出を減らせば確実にGDPが減少します。GDPの実額=名目GDPが減れば、

税収=名目GDP×税率×税収弾性値

ですから税収が減ってしまい、元の木阿弥です。

だから、更に消費税増税をという話が出てくるのでしょうが、有識者の見解を上回るダメージがあるのは今回経験したとおりです。十分な好況状態になる前に増税すれば、また消費が低迷し、内需が増えないとなれば投資も低迷、デフレへの逆戻りも考えられます。そういうのをジリ貧と呼ぶのです。

GDPには三面等価の原則があり、支出面・生産面・分配面からみたGDPは一致します。GDP成長を否定することは、支出面から考えると「節約は善」という道義的な心情に訴えるかもしれませんが、同時にそれは生産された商品やサービスの付加価値の減少であり、誰かの所得の減少を意味するのです。

 

そもそもバブル崩壊後の「失われた20年」を生んだ、あるいは長引かせたのは、こうした「景気が十分回復する前に増税(但し、法人税率はその間下がっていますので、主に消費税増税)や政府支出の削減を進め、成長戦略はなぜか構造改革」という、緊縮財政思想が大きな要因だったのではないでしょうか。

 

  • PBの不均衡を直す前に経済の不均衡を直せ

評論家の中野剛志氏が以前、自民党が下野していた時代に安倍現首相も参加されていた「創生日本」という超党派議員連盟での勉強会で話されていた、マリナー・エクルズの言葉を引用して今回の投稿を終わりたいと思います。マリナー・エクルズとは世界恐慌後のアメリカでニューディール政策を主導した実務家であり、FRB議長を務めた人です。

「自国民から借りることで貧しくなることはあり得ない(並木注:日本では発行された国債の90%以上が国内で所有されています)。我々が貧しくなるとしたら、財政赤字ではなく、有休の人員・資源・生産設備そして資金の有効活用に失敗することによってだ」
「予算の不均衡(同:プライマリーバランスの赤字)を直す前に、経済の不均衡を直せ」。