社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.68 イデオロギーの力 ~保守政治家による「構造改革」~

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東京では桜が咲き誇る中、新年度を迎えました。当社にも新入社員が入社し、先輩社員共々、気持ちを新たにする時期です。全国の新入社員の方々のこれからの活躍とご多幸を祈念致します。

 

さて、前回の投稿で『経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策』(デヴィッド・スタックラー&サンジェイ・バス草思社)という書籍をご紹介しましたが、その際、アジア通貨危機での対応について「IMFが指導した緊縮政策と自由化によって東アジアが当初の試算の三倍に上る経済的損失を被った」(出典:同上 P107)ことを、遅ればせながら2012年になってIMF自らが認めたという部分を引用させて頂きました。実は、同書には複数回に渉って同じような反省が記載されています。

 

同じアジア通貨危機では「1998年にインドネシアに関するIMFの内部報告書がニューヨークタイムズ紙にリークされたのだが、そのなかでIMFの職員は、自分たちが融資条件として対象国に課した内容が状況を改善させるどころか悪化させたことを認めていた」(出典:同上 P106)。


その他にも、アイスランド危機後には福祉のためにも景気回復のためにも社会保障制度が欠かせないと認め(参考:同上 P137)、現在も続くギリシャ危機でも「緊縮政策が雇用と経済に及ぼす負の影響を過小評価していた」(出典:同上 P167)
といった具合です。

 

こうした緊縮財政派の主張は、往々にして民営化などの構造改革路線とセットで語られます。これは新古典派経済学新自由主義)の影響によるものですが、同書の中では、新古典派経済学の最大のイデオローグであるミルトン・フリードマン氏でさえも「ソ連の崩壊直後にロシア人はどうするべきかと何度も訊かれ、そのたびに『民営化あるのみ』と答えたが、あれは間違いだった。スティグリッツ(並木注:異論を唱えた著名な経済学者)のほうが正しかった」(出典:同上 P83)と述べられています。

 

このように反省・懺悔が繰り返されているにも関わらず、依然として新自由主義が力を失わないのは何故でしょうか?

 

同書によれば、イギリス「保守党」のキャメロン政権に、同国の優れた国民皆保険制度(NHS)を壊そうという動きがあるようです。

しかも、『イギリスの保健医療支出は、政府がNHS解体に着手する直前の2010年でも対GDP比で8パーセントで、この比率はドイツ(10.5%)よりもフランス(11.2%)よりもアメリカ(16%)よりも低い。つまり、(並木注:NHSを制御不能の巨大官僚機構などと叩いた)保守党の主張は現実に基づいたものではなく、単なるイデオロギーである。そこには、市場原理や競争原理、あるいは収益というものさしが、政府の介入より常にいい結果を生むという思い込みがある』(出典:同上 P186)とのことです。

 

残念ながら、こうした傾向は日本でも変わりません。


1997年、保守政党たる自民党橋本龍太郎政権下で六大改革と呼ばれる構造改革と緊縮財政が行われ、日本はデフレに陥りました。

以前にもご紹介しましたが、その後に橋本元首相が「自身のホームページにて、財政再建を急ぐあまり経済の実態を十分に把握しないまま消費税増税に踏み切り、結果として不況に陥らせたことを謝罪している。橋本は『私は平成9年から10年にかけて緊縮財政をやり、国民に迷惑をかけた。私の友人も自殺した。本当に国民に申し訳なかった。これを深くおわびしたい』」と自責の念を公表したにも関わらず、小泉政権下などで構造改革路線に拍車がかかります。

橋本龍太郎 - Wikipedia

 

そして、保守政治家と言われる安倍首相も先日の施政方針演説で「改革」を30回以上も訴えました。

平成27年2月12日 第百八十九回国会における安倍内閣総理大臣施政方針演説 | 平成27年 | 施政方針/所信表明 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ

 

  • 保守とは何か

さて、保守とは何でしょうか。

 

評論家の佐藤健志氏の著書『愛国のパラドックス  「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト)から引用してみましょう。

  1. 保守主義とは、「急激な変化や根本的な変化は、いかなる方向への変化であっても望ましくない」と考える立場です。
  2.  保守主義とは、特定の政治的理念(たとえば社会主義)にばかり反対する立場ではなく、特定の政治的理念ばかりを支持することもありません。どんな理念であれ、行き過ぎた場合は望ましくないものとして反対の姿勢を取ります。
  3. 保守主義とは、予想もつかないトラブルが多々発生するのが世の中だとみなす立場でもあります。したがって、理論的に達成可能なことであっても、現実には達成できないことの方が多いとみなします。

(以上、出典同上P48)

 

この定義と現実の保守政治家の言動とを比較すると、拭いがたい違和感があります。

 

保守主義はどこに行ったのでしょう。

 

同じく佐藤健志氏と中野剛志氏の共著『国家のツジツマ』(VNC新書)には、フランス革命を批判したエドマンド・バークを元祖とする保守主義は、19世紀には例えば幼児労働や劣悪な環境下での労働も「労働の『自由』だ」とする自由主義を批判していた。しかし、社会主義が拡大した20世紀に入ると、行き過ぎた自由主義も問題ながら、独裁を容認し、自由そのものを抑圧する社会主義はさらに問題だとして自由主義と結託するといった思想的背景が詳しく書かれています。

 

同書では社会主義の自滅という側面が強いことも指摘されていますが、冷戦崩壊が1991年、新古典派経済学が台頭するのは1970年代ですから、(新)自由主義保守主義の結託によって悪の帝国を駆逐したと凱歌をあげるのもわからなくはありません。確かにこのあたりから小泉元首相をはじめ、新自由主義的政策を唱える保守政治家が主流になります。

 

そして世界はその後、アメリカの一極覇権時代を迎えます。


アメリカは建国の精神から言っても自由主義個人主義的な資本主義の側面が色濃い上、「アメリカン・エクセプショナリズム」。つまり、「アメリカは例外的に特別な国で、世界中のほかの地域、幸少ない人々にアメリカシステムによる繁栄の便益をもたらす責任がある」と思い込み、自国のやり方を他国に押しつける傾向の強い国です。

中東に民主主義を広めるといって、かえって混沌とさせてしまった経緯はその典型ですね。

 

そういうアメリカが覇権を強めると、グローバルスタンダードという名のアメリカンスタンダードが拡がります。その過程で自由主義がさらに保守主義者に浸透し、さらに言えば、構造改革というのはもともと社会主義から生まれた言葉ですから、社会主義者をも飲み込んでいったと言ってもいいのかも知れません。

構造改革 - Wikipedia

 

そうなるとどういう問題が起こるのでしょうか。


前出の『愛国のパラドックス』に書かれている保守主義者の特徴の中にこういう記述があります。


保守主義者は、自分自身の信念や判断であっても、その正しさを過信しません。まして自分の正義感や良心が100パーセント純粋だという、自己絶対化の錯覚に陥るなど論外です。<中略>

(それ故)保守主義者の世界では、完全に正しいことも、また完全に間違っていることも、そうそう存在しません。よって賛成できない内容の主張や理念についても、頭ごなしに全否定するのではなく、プラスに活用できる点や、学ぶべき点を探そうとします。」(出典:『愛国のパラドックス佐藤健志著 アスペクト)


こういう精神が失われてしまうのです。

 

自由主義には上述のように「市場原理や競争原理、あるいは収益というものさしが、政府の介入より常にいい結果を生むという思い込み」があります。ということは「競争に勝つため」あるいは「収益を上げるため」といった目的の錯誤や、「市場原理を持ち込むため」といった手段の目的化など、暴走が起こりやすいのです。


ここに、一部のグローバル投資家や企業など、政府と結びついて公共・半公共サービスの仕組みを変えることでレントシーキング(ロビー活動による富の収奪)を行おうとする輩が乗っかる余地が生まれます。

 

暴走やレントシーキングの場合、政策の前提や意図、内容およびメリットとデメリットを丁寧に説明すると馬脚をあらわしてしまいます。そういう時、ワンフレーズポリティクスで誰かを悪者に仕立て、人々のルサンチマン(怨嗟)を掻き立てるような世論操作が為されるのです。

安倍首相のおっしゃる「岩盤規制」や「戦後以来の大改革」がそうでないことを祈るばかりです。

 

  • 現実認識と保守的精神

あらゆる改革にはメリットとデメリットが共存します。また、当初は考えもしなかったことが起こる可能性も否定できません。


祈るばかりでは他力本願ですので、我々はまず、そうした印象論に振り回されることのないよう、

・そもそも緊縮財政や構造改革市場原理主義などを説く新自由主義の限界が、リーマンショックに続く世界的な不況の連鎖を招いたのだということ

・日本では、構造改革を唱え続けたにも関わらずデフレ脱却が出来ていない。即ち、緊縮財政・構造改革などの新自由主義イデオロギーに基づく政策はデフレ対策にはならない(その逆のインフレ対策である)ということ

を肝に銘じておく必要があります。


統一地方選も控えています。選挙とは、我々の代わりに議論をする代議士を選ぶ、国民主権を最も発揮しやすい機会です。

・自分も含めて、どんな人でも間違える可能性があるということ

・政策上の誤りは、何世代にもわたって悪影響を及ぼしかねないということ

を認識している人格を持った方、威勢よく改革というより、むしろ改善姿勢を重視し、謙虚で真摯に、充分な議論を行い、説明責任を全うされる方を選んで頂ければと思います。