「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.64 グローバリズムvs民主主義

f:id:msandc:20150123150232j:plain

 

 今年から2017年にかけて、世界各地でグローバリズム対民主主義のぶつかり合いが顕在化しそうです。特に経済不振の続くヨーロッパでその動きが顕著です。

 

 ギリシャでは昨年末に行われた選挙で大統領を決めることができず、今月25日に総選挙が行われることになりました。世論調査などでは「緊縮財政の押しつけ」に反対し、大幅な債務の帳消し及び返済期限の猶予を求める急進左派連合SYRIZA(スィリザ)の勝利が予想されています。ただしこの緊縮財政、「押しつけ」と書きましたが、ギリシャ危機の際に支援を受ける条件として課されたものですから、財政均衡派の強いドイツなどが簡単に譲歩するとは思えません。

 ギリシャを例にとって、ユーロの抱えるパラドックスを考えてみましょう。

 ギリシャ危機後、同国のGDPは20%以上縮小し、失業率が25%超。若年層失業率は50%を超えると言われています。ユーロに入っていなければ、デフォルトして一時的には国民を苦しめることになるでしょうが、通貨暴落によって輸出競争力(ギリシャの場合は観光客の増加など)が高まって復調の道を歩めます。しかしユーロに留まる以上、ユーロ安になれば最初に恩恵を受けるのは輸出に強いドイツであり、ギリシャにはなかなか恩恵が及びません。その結果2010年以降、延々と恐慌のような状態を続けているのです。

 今回ECB(欧州中央銀行)が量的緩和を決めました。ギリシャ選挙も考慮に入れてのことだとは思いますが、ギリシャ支援にはより厳しい条件が課されることになっており、楽観視できる状況ではありません。

 であれば恩恵を受けるドイツが支援すればいいのですが、ギリシャには「公務員天国、身の丈に合わない年金制度などによる放漫財政、非常に甘い徴税制度」などの批判も多く、これまでも頻繁に債務不履行や返済条件の変更を繰り返してきた国です。

ギリシャはデフォルト(債務不履行)常習国歴史と最適通貨圏理論で解く問題の本質|高橋洋一の俗論を撃つ!|ダイヤモンド・オンライン

 こうした国に支援を続けるのであれば、今度は支援する側の民主主義が黙っていません。ドイツにも「ドイツのための選択肢(AfD)」という、ギリシャなどへの救済に不満を抱く勢力が中心となって結成された、ユーロ懐疑派の政党があるからです。

 ここから考えられる単純な回答はギリシャのユーロ離脱です。一時はドイツがそれを容認するという報道も流れましたが、ドイツのメルケル首相はこれを否定。当のSYRIZAのツィプラス党首もユーロ圏もとどまるといっています。

 これはギリシャ一国の問題ではなく、同じく失業率が高いスペインでもSYRIZAに似たポデモスという左派政党が人気を博しており、2015年終わりか2016年初めに総選挙が予定されています。そうした動きが飛び火していく可能性があるわけです。ユーログローバリズムと各国の民主主義が複雑に絡み合った状況が続きそうです。

 

 またキャメロン首相が、2017年までにEU加盟継続というグローバリズムの是非を問う国民投票を実施すると約束し、EU加盟国からの移民の増加が問題視されているイギリスでは、EU離脱や移民制限を掲げる右派政党:独立党(UKIP)が支持を拡げています。昨年行われた欧州議会選挙では従来の二大政党:保守党や労働党以上の議席を獲得。大国イギリスが「初のEU脱退」という道筋をつける可能性も現実味を帯びてきました。

 イギリスだけでなく、移民問題はヨーロッパを揺るがしています。フランスの週刊紙襲撃テロ事件は記憶に新しいですが、フランスではそれ以前から移民制限を唱える政党:国民戦線(FN)が躍進。移民比率が欧州随一と言われるスウェーデンでも移民減少を訴えるスウェーデン民主党が存在感を増しています。こうした政党は極右と呼ばれることが多いのですが、例えば、現在の国民戦線の移民政策は「移民の制限。ただし、フランスの文化を尊重、保護する移民は拒まない」というものです。妥当な方針に思えるのは私だけでしょうか。

国民戦線 (フランス) - Wikipedia

 欧州の移民は旧植民地からの移住、大戦後の復興期に人手不足を解消するための移民受入など歴史は様々ですが、昨今のグローバリズムの影響も看過できません。グローバル企業の国際競争力は、第一に価格競争力ですから安い労働力が必要なのです。好況期には多文化主義などと言って受け入れられるのですが、この多文化主義は「異なる文化を持つ集団が存在する社会において、それぞれの集団が『対等な立場で』扱われるべき」というものですので、移住先の国民としての融合が進みません。

多文化主義 - Wikipedia

 となれば、不況に陥って限られた仕事を奪い合う際、自国民と移民との対立が生まれ、それまで我慢してきた文化的な衝突が顕在化するという構図に発展しかねません。日本でも移民推進を唱える方がいらっしゃいますが、目先の対応のために(欧州の周回遅れで)問題を抱え込むことにならないよう注意が必要です。

 

  • 「世界経済の政治的トリレンマ」による選択

 経済学者ダニ・ロドリック氏が著書『グローバリゼーション・パラドクス』(白水社)の中で説いた、
・ハイパーグローバリゼーション
国民国家
・民主政治
の三つは同時に達成できないという「世界経済の政治的トリレンマ」に沿って、今の欧州の状況を説明すれば、

  1. 現実的ではありませんが、各国が「国民国家」をやめて、例えば「ヨーロッパ合衆国」として統合。地方交付税のような形で経済の強い国(その時には州?)から弱い国へ財政支援を続ける。
  2. 現状のグローバリゼーションと国家体系を継続し、民主政治と国家主権の一部を「黄金の拘束服」(後述)で制限する。
  3. 民主主義によって主権を取り戻し、グローバリゼーションに歯止めをかける

からの選択ということになります。

 「黄金の拘束服」というのはアメリカのジャーナリスト:トーマス・フリードマン氏が著書『レクサスとオリーブの木ーグローバリゼーションの正体』(草思社)で記したもので、グローバル投資家の力が強くなった(ハイパーグローバリゼーションの)世界では

 ・小さい政府
 ・財政均衡
 ・関税撤廃
 ・外国人の投資規制の撤廃
 ・国有産業や公営事業の民営化
 ・資本市場の規制緩和
 ・外国人による株の所有や投資の奨励

に向かった拘束の中でしか、政策の選択が出来ないというものです。既にユーロ加盟国では金融政策・財政政策の自由と関税自主権が失われ、財政均衡や資本および人の移動の自由が条約で認められています。新自由主義の世界ですが、見事にデフレ対策が抜け落ちています。ユーロ諸国はディスインフレ(デフレ化)傾向を強めているにも関わらず、、、

 今後、ユーロやEU諸国はどのような道を歩むのでしょうか。

 

  • 日本の選択

 さて、日本も人ごとではありません。年が明け、補正予算や来年度予算が閣議決定されましたが、報道では「国債依存度が減った」「来年度予算は過去最大で歳出削減が先送り」といった論調が多いようです。消費増税によって、内閣府が発表しているデフレギャップ(GDPギャップ)は14兆円に拡大。アベノミクス前まで戻ってしまった状態にも関わらず、補正予算が前年度5.5兆→今年度3.1兆。予算が今年度95.9兆→来年度96.3兆ですから緊縮財政気味なのです。

需給ギャップ、マイナス2.8% 7~9月改定値 :日本経済新聞

今週の指標 No.1110- 内閣府

 日本はユーロと違い金融政策や財政政策の縛りがありません。デフレ=需要不足の対策は誰かが需要をつくることです。それを14兆円レベルで行えるのは政府しかありません。20日の新発10年国債利回りは一時0.2%を下回り、過去最低を更新しました。「国債依存度が減った」と喜んでいる場合ではなく、企業の借入需要がなく、預金の運用先がない。つまり国債が足りないのです。政府は企業ではないのですから、単年度のプライマリーバランス(財政均衡)などに気をとられず、デフレ脱却のために財政出動によって需要をつくり、将来インフレギャップが大きくなり過ぎる局面になってから、増税構造改革といったインフレ対策を行うという調整機能を果たして貰いたいと思います。

 自民党が下野していた時代に「創生日本」という勉強会で、評論家の中野剛志氏が話されている動画を見直したところ、ニューディール政策を担ったマリナー・エクルズ元FRB議長は、当時の経済学や財政破綻論に染まった人たちを説得するために、「19世紀の経済学はもはや役に立たない。150年の寿命が終わったのです。自由競争と無制限の個人主義による資本主義システムはもはや役に立ちません」「デフレは余りにも破壊的で、人々がこの痛みに耐えることが出来ない。そうすると民主政治が崩壊してしまうので、民主主義を守るために財政出動、金融緩和が必要だ」と叫んだのだそうです。1930年代の話ですが、現在にも当てはまります。

創生「日本」4月総会 講師:中野剛志京大准教授 4月26日 前編 - YouTube

創生「日本」4月総会 講師:中野剛志京大准教授 4月26日 後編 - YouTube

(引用部は後編の終盤です)

 この勉強会には安倍現首相も参加されていました。ヨーロッパのことは欧州各国の問題ですが、日本の民主主義を担うのは我々です。どのような選択をすべきか考えてみて欲しいと思います。もし、安倍首相が以前おっしゃっていた「ウォール街から世間を席巻した、強欲を原動力とするような資本主義ではなく、道義を重んじ、真の豊かさを知る」「瑞穂の国の資本主義」を見出すことができたら、世界の手本となれるのではないでしょうか。