社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.58 消費税再増税と財政均衡主義

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 消費税率10%への再引き上げ判断の時期は12月頃だと言われています。12月8日公表予定となっている7-9月期のGDP二次速報を受けて安倍首相が最終判断をされるのだと思いますが、様々な意見がメディアを賑わせています。今回は消費税再増税について考えてみたいと思います。

 私は今年行われた8%への増税の際も反対の立場でした。今回もそれは変わりません。これは「ブレるブレない」という話ではなく、当時、増税賛成派の殆どの識者が口にしていた「夏場には反動減から回復」が現実には起こらず、当時以上に景気が冷え込んでいるからです。政策の成否の大部分はタイミングで決まります。現実を観て、適切なタイミングで行うことが何より重要です。

  • 最近の経済指標あれこれ

 7-9月期のGDPについては、一次速報が出るのが11月中旬ですのでわかりませんが、現在発表されている各種指標を見ても期待されていた回復は見られません。

 まずは消費です。総務省の家計調査を見ると、【二人以上の世帯】消費支出は消費税増税以降6ヶ月連続で前年同月を下回っています。しかも7月▲5.9%、8月▲4.7%、9月▲5.6%ですから「夏場の回復」が起こらなかったことがわかります。その原因として(同じ資料の下にある)【勤労者世帯】実収入の減少が上げられます。

統計局ホームページ/家計調査報告(二人以上の世帯)―平成26年(2014年)8月分速報―

 そうなると企業サイドの指標も芳しいものにはなりません。「鉱工業生産指数」について、内閣官房参与でもある藤井聡京大教授のFacebookに掲載されていたグラフがこちらです。

藤井 聡 - タイムラインの写真 | Facebook

鉱工業生産指標モメンタムは日本を「失われた20年」に陥らせた1997年の消費税増税時よりも悪化しているのです。

 実数はこちらをご覧下さい。生産・出荷・在庫の三つの数値が並んでいますが、4月以降は(波打ちながらですが)生産を減らしても(指数3月102.2→8月95.2、9月速報値97.8)、出荷が減少し、在庫が積み上がる傾向にあります。

鉱工業指数 :統計・指標 :日本経済新聞

 一方、9月の有効求人倍率は1.09倍でした。しかし、1倍を超えているから「完全雇用(非自発的失業が存在しない状態を指すマクロ経済学上の概念)に近い」などという声もありますが、それは過大評価です。厚労省の説明文の中に「正社員有効求人倍率(季節調整値)は0.67倍」とあることを見逃してはいけません。非正規中心の求人が多く、まだまだ長期的に安定した雇用は不足しているのです。

一般職業紹介状況(平成26年9月分)について |報道発表資料|厚生労働省

 先日行われた金融緩和とGPIFのポートフォリオ変更(株式保有率の引き上げ)で円安と株高が進みました。では「アジアの成長を取り込む」といった輸出主導の成長はどうでしょうか。もともと日本が「貿易立国」というのは間違いで、内需主導で成長してきた国なのですが、現在は貿易赤字が続いています。

http://www.customs.go.jp/toukei/shinbun/trade-st/gaiyo2014_09.pdf

 円安によって一部の輸出企業は潤うと思いますが、「世界的な需要不足(買い手の減少)」「国内製造業の海外生産の増加」「原発停止によるエネルギー輸入の増加」という状況では、国家全体の純輸出を増やすことは難しい上、それを進めすぎると海外の需要を奪う(その国の企業の成長を奪う)ことになってしまいます。

 消費税増税は、1997年も2014年も若干とはいえ景気が上向きの状態で行ったにも関わらず、その後の景気低迷を招きました。既に景気が冷え込んでいる中で消費税再増税を行えば、悪影響は計り知れません。「経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行(並木注:消費増税)の停止を含め所要の措置を講ずる」という増税法案の附則18条を有効に活用すべきです。

 さて、この消費税。前回お話しした財政均衡主義と密接なつながりがあります。少子高齢化によって増え続ける社会保障費を賄う財源として消費税率を上げるというわけです。確かに、税率を上げれば当然消費税の税収は増えます。しかし、5%に増税した1997年時点の一般会計の税収は53.9兆円から1998年49.4兆円、1999年47.2兆円に減少してしまいました。何故でしょうか?

 当時も現在と同様、消費が落ち込んで景気が悪化。更に7月にはアジア通貨危機、11月には北海道拓殖銀行山一證券の経営破綻が起こります。不況の深刻化によって景気対策が必要となり、その一環で「法人税が減税」されることになります。

 余談ですが、なぜ消費税を戻さずに、法人税減税だったのかはわかりません。法人税は赤字になれば納税義務を免れますから、この時期に法人税減税を行っても恩恵を受けるのは不況下でも黒字を確保できていた企業であって、救済の対象とは思えません。

 新自由主義にはトリクルダウン仮説というものがあります。富める人を更に潤わせれば、それが滴り落ちて貧しい人も恩恵を被るというものですが、それを信じ込んでいたのではないでしょうか。しかし、少なくとも新自由主義者が力説するほどトリクルダウンが起きた事実はなく、むしろこの理論は、世界が格差拡大へと向かう元凶の一つとなっています。

 話を戻しますと、不景気と減税で縮小する法人税に加え、当時燎原の火の如く拡がったリストラ、倒産(失業)や給与減少などによる所得税の減少によって、消費税の増加分は吹っ飛びました。その結果、財政均衡も幻想に終わったのです。そして不況によって支持率を失った橋本内閣(当時)は総辞職、日本は「失われた20年」に突入しました。

 因みにウィキペディアによれば橋本龍太郎元首相は『橋本が自身のホームページにて、財政再建を急ぐあまり経済の実態を十分に把握しないまま消費税増税に踏み切り、結果として不況に陥らせたことを謝罪している。橋本は「私は平成9年から10年にかけて緊縮財政をやり、国民に迷惑をかけた。私の友人も自殺した。本当に国民に申し訳なかった。これを深くおわびしたい」「財政再建のタイミングを早まって経済低迷をもたらした」との自責の念も示して』いたそうです。

橋本龍太郎 - Wikipedia

 どんなに優秀な人が考えた理論や政策でも、頭の中で考えた通りに現実は進みません。以前、ある著名な大学教授が「日本がデフレに陥った要因はアジア通貨危機にある」と言い切られたのを聞いて驚いたことがあります。理由は殆ど説明されなかったのでわかりませんし、もしかしたらトリクルダウンのように学説としては説明がつくのかもしれません。しかし、常識的に考えて消費税増税がトリガーであり、主要な原因の「一つ」であることは間違いないでしょう。

 皮肉なことに現在も当時と同様、法人税減税が協議されています。そして、夏場の回復がままならなかったのは天候のせいという理由付けもされているようです。今後、世界各地の紛争やエボラ出血熱、中国や欧州経済の失速などが理由に加えられるかもしれません。

 現実の社会では毎年様々なことが起こるのが当たり前であり、それらが大なり小なり影響を与え合うから複雑なのです。それらを全て踏まえた上で意思決定し、面倒くさがらずに状況の変化に応じて修正を繰り返すのが政治家の役割である筈です。

 幸い、国内世論も再増税の延期に期待する声が強いようです。海外からもフィナンシャルタイムズやニューヨークタイムズ等々で消費税増税への批判が展開されています。メディアを賑わした発言の中で、私が強く同意したいのはノーベル経済学者であり、アベノミクスを応援して『そして日本経済が世界の希望になる』(PHP新書)を執筆したポール・クルーグマン氏のものです。クルーグマン氏は現代ビジネスのインタビューでこう語っています。

「では、この危機(並木注:8%への消費増税で経済が失速している状況)を脱するにはどうすればいいのか。

 答えは簡単です。日本国民の多くが、これからは給料も上がるし、物価も上がるのでいまのうちにもっとおカネを使おう、という気分になれる政策を打つだけでいいのです。国民がそう思うだけで、経済はずっとよくなります。

 そのために最も手早く効果的な政策をお教えしましょう。それは、増税した消費税を一時的にカット(減税)することです。つまり、安倍総理増税したことは気の迷いだったと一笑に付して、元の税率に戻せばいいだけです。」(出典:現代ビジネス)

本誌独占インタビュー ノーベル賞経済学者クルーグマン 「日本経済は消費税10%で完全に終わります」 | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社]

※特に最初の2ページは今回のテーマと関係が深いので興味のある方は是非お読み下さい。

 

 失政を繰り返せば「失われた20年」が30年になってしまいます。1997年と2014年の歴史と経験に学び、現実を直視して、多少バツは悪いかもしれませんが「気の迷いだった」と方針転換くれた方が国民の為、将来の為です。

 「財政の健全化の前に経済の好循環が必要であり、経済成長をすれば税収増によって財政状態もよくなる」ということと、「国民の安全や豊かさが政治の目的であり、財政均衡はそのための一つの目安に過ぎず、更に消費税はその一つの方法に過ぎないという目的手段体系」を間違えないで欲しいものです。