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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.56 G20と日本機関車論

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 前回の投稿の後、スコットランド独立に関する投票が行われ、結果イギリスにとどまることにはなりましたが、世界各地の独立運動に影響を与えています。またアメリカは他国とも連携し、いわく付きの地シリア・イラクにおいてISISイスラム国)に対する空爆を始めました。世界中至る所で地政学的なリスクが高まっています。

 

  • G20でのアメリカの主張

 そんな中G20が閉幕しました。

 ルー米財務長官の『ユーロ圏と日本の成長は期待外れだ』という発言に象徴されるように、不況が続く欧州と消費増税後に景気が失速した日本に対して厳しい議論となったようです。興味深いのは、共同声明に『短期的な経済状況を勘案して機動的に財政戦略を実施する』ことが盛り込まれたにも関わらず、ショイブレ独財務相財政出動に慎重な姿勢を崩さず、日本の麻生財務相も財政政策の前倒しはするものの『日本経済や成長戦略について説明、消費増税の影響はあったが均してみれば成長は続いていると述べた。さらに財政再建に関連して、2015年度のPB赤字半減に向けて取り組む必要があること、さらに10%への消費増税について「経済状況を総合的に勘案して、今年中に適切に判断する」と伝えた』と財政出動の拡大に関してはコミットしなかったようです。

G20、政策協調難しく 危機後の景気回復に格差 :日本経済新聞

G20「機動的な財政政策」で合意、日本は財政再建の意思示す | Reuters

情報BOX:G20共同声明全文 | Reuters

 このやり取りで米・独・日の経済政策に対する考え方のズレが顕著になってきていることがうかがえます。

 断言は出来ませんが、今回の一連のルー米財務長官の態度は、現在の世界的な景気の低迷は(先進国だけでも1兆ドルと言われる)需要不足にあり、不足する需要を政府が補うべく財政出動をすべきだという風に受け取れます(実際、今回の共同声明には財政出動だけでなく、『世界経済は、依然として、継続的な需要の弱さに直面し』という言葉が盛り込まれています。これは新自由主義ではなく、ケインズ的な経済政策の考え方です)。アメリカが積極財政による世界経済の牽引を主要国に求め、それに対してドイツは新自由主義的な財政均衡主義を掲げて拒否、日本も同様の理由で玉虫色の回答をしたという構図です。

 この顛末について上記日経新聞の記事では『地政学的な緊張や米金融政策の正常化といった負荷もかかる世界経済を下支えするには、複数の「機関車」が要るし、もう少しカンフル剤を投与した方がいい。それが米国の本音だった』と評論しています。

 財政均衡主義の問題や地政学的なリスクについては別の機会に回すことにして、今回はこの「機関車」という言葉に拘って考えを進めてみたいと思います。

 

  • 日本機関車論

 ある程度ご年輩の方ならご存じかもしれませんが、「日本機関車論」或いは「日米独機関車論」というのはカーター政権下などで使われた言葉です。その後クリントン政権の頃にそれに対抗する「日本財布論」という考えが生まれ、そちらが徐々に主流になっていったということを、内閣官房参与でもある京都大学藤井聡教授の著書『維新・改革の正体』(産経新聞出版)の中で藤井氏と元経済企画庁審議官の宍戸駿太郎先生が語っています。日本機関車論(日米独機関車論)というのは第一次オイルショック後の世界的な不況をアメリカを中心に日本・西ドイツ(当時)が国内の需要を拡大させることで牽引し、成長軌道に乗せていくという考え方ですが、面白いことにドイツは国内に根強いインフレに対する警戒感があったため慎重な態度をとって、この提案を拒否。日本も大蔵省(現財務省)出身の福田赳夫政権であったため、拡大的な財政に対しては慎重だったのですが、渋々その要求を呑むという態度をとったのだそうです。このあたり、今回のやり取りと重なることが多く興味深く感じます。

 日本は「ガイアツ」に弱いと批判的な評価もできますが、同時にこれ以降の積極財政が日本の成長を支えたことも事実です。

 

  • 日本財布論

 一方、日本財布論は冷戦終結後、日本の経済力を警戒したアメリカに芽生えた発想で、日本の過剰貯蓄に目をつけ、その巨大な金融資産をアメリカや米国企業が活用できるようにした方がアメリカの国益にかなうというものです。そしてその典型的な対日要求として実行されたのが金融自由化です。以下『維新・改革の正体』から抜粋します。

『(並木注:経済アナリストの三國陽夫氏の著書『黒字亡国』(文春新書)によると)三國氏が「アメリカの魔法の財布」と呼称する、その構造は次のようなものだ――アメリカは、日本から輸入品を買う。でも、そのときの「代金」は、日本という大きな「財布」からやってくる――。

どうやって日本のカネがアメリカにやってくるのかと言えば、一つには、日本人が、ドル建て貿易の黒字で手にした「ドル」をアメリカで投資や融資をすることによって。

二つに、自由化された日本の金融市場に入り込んだアメリカ系の金融機関(銀行等)に、日本の世帯が預金等の形で直接的に貸し出すことによって。

三つに、様々な「自由化」に乗じて日本国内の(金融市場以外の)市場に入り込んだアメリカ企業が、日本国内で利益を得ることによって。

四つに日本の日銀、民間金融機関、そして政府が、アメリカ国債を購入することで、直接アメリカ政府に貸し出すことによって。

そして五つに、日本の金融企業が、アメリカ政府だけでなく、アメリカの企業や投資家に直接貸し出すことによって(一般に、こうした貸し出しは「円キャリー」と呼ばれている)――。

つまり、日本人がコツコツ貯めたお金を、アメリカの政府や投資家や企業が、ありとあらゆる方法で「巻き上げる」わけである』。(以上、出典『維新・改革の正体 日本をダメにした真犯人を捜せ』 藤井聡産経新聞出版 を参照・要約。『 』部は完全引用)

といった具合です。この状態を続ける為には日本国内の投資や消費意欲が高まらないようデフレを持続させた方がアメリカにとって都合がいいということになります。同書では日本のデフレが長期化し、成長を阻んだ要因を六つ挙げていますが、その一つが「日本財布論」です。

 とはいえ、アメリカを非難してはいけません。「機関車論」にせよ「財布論」にせよ、アメリカはアメリカの国益に沿った外交政策をとっているのであり、日本の国益を考えるのは日本政府の責任なのです。

 当然のことながらアメリカにも様々な意見があり、この時期にも機関車論を唱える人はいました。そして今、ルー米財務長官の発言は再び『日米独機関車論』を意識しているように聞こえます。歴史が繰り返しているのかもしれません。

 勿論、国益優先ですから、それによって世界経済の危機を救うという美しい話だけではなく、ドイツや日本という製造技術に勝れた国が相手である以上、下手をすればアメリカが生んだ内需を輸出攻勢によって奪われかねないという危機感もあるでしょう。現在はドル高局面ですから尚更です。

 

 しかし、おそらくアメリカ主導で共同声明に盛り込まれたとはいえ、「財政出動」は日本の国益にもなり、特に財政的に余裕のある先進国がそれを行うということは世界経済にも大きな好影響を与えると思います。

 財政出動で政府はインフラなどの強化(新設・補修)の為に支出を増やします。この段階で政府支出が民間の売上に変わり、社員や関連業者(国民)の所得になり、その後(乗数効果と呼ばれますが)所得を増やした人や企業が欲しい商品やサービスを買うという行為を続けることによって広く国民全体に行き渡ります。こうして政府支出以上にその国の国内需要が拡大するわけです。一方、大規模インフラ工事であればあるほど、完成するまでに時間がかかり、その間は供給力が上がりません。例えば、リニア新幹線でもアウトバーンの補修でもいいのですが、完成してはじめてそれ以降の国民の利便性が増し供給力が高まるのです。つまり政府支出と乗数効果でその時の需要が増えるのに対し、供給力は将来まで上がらないため、需要不足対策としては非常に効果的なのです。加えて、こうして生まれた内需によって、他国の景気が拡大した内需に対する輸出という形で支えられますし、インフラ投資を行った国は将来の競争力を高めることができます。

 あとは日本に財政的な余裕があるのかということになりますが、結論だけ言えば「現在の状況では十分にある」と考えて良いと思います。これについては財政均衡主義の問題と合わせて次回取り上げてみたいと思います。