社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.55 保守のすすめ ~『フランス革命の省察』より~

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 前回、外国人労働者問題について、国体の面からみても彼らの人権の面からみても、試しにやってみて上手くいかなかったから元に戻しますというわけにはいかないのだから入口の段階でしっかりと議論をすべきだと書きました。

 PPP/PFI公共サービスの民営化)などを進める際も同様です。一端民営化してしまえば、それを受けた企業側も必要な投資をしますので、ある日突然『なかったことにします』と言われても困ります。安易にスタートしてしまえば、いつの間にか国民の負担が増え、それこそ将来にツケを残すということになりかねないのです。

 

  • 保守思想とは

 このような後戻りが難しい政策を進めていく際に必要なのが「保守」的な考え方です。

 Vol.48 続々『国家のツジツマ』に学ぶ ~近代合理主義と二元論~(http://goo.gl/W4DrmZ)の投稿で自由・平等・友愛を叫んだフランス革命が暴走し、粛清の嵐、恐怖政治を招いた顛末をご紹介しましたが、保守思想はそれを批判したイギリスの政治家・政治思想家エドマンド・バークが源流と言われています。

 彼の著作『フランス革命省察』の中に文字通り「改革はゆっくりやるほうが良い」という章があります。(出典:『新訳 フランス革命省察』~「保守主義の父」かく語りき~ エドマンド・バーク著 佐藤健志・編訳 PHP研究所。以下「 」部の出典も同じ)

 保守の考えは「社会のよしあしは、何世代にわたって人々に影響を及ぼす。だとすれば、望ましい社会システムを構築する作業も、世代を超えて行われるのが筋」であり、合理性だけで考えた改革より「国民規模で定着した物の見方や、時代を超えて受け継がれた考え方」、即ち「固定観念」を大切にし、「理性(並木注:言葉の意味合いとしては『合理性』の方がニュアンスが近い)をむきだしの状態にするより、固定観念と理性を結びつけて共存させるほうが得策だ」というものです。極端に走らず、「他人の英知に敬意を払おうとせず、そのかわり自分の英知を絶対視する」という不遜に陥らず、バランスをみながらじっくり変えていくということです。何故なら「いかに立派なリーダーであれ、完璧な計画を一人でつくることはできない」からです。

 近年『決められない政治』などと揶揄されますが、彼は「じつは利害対立の存在こそ、性急な決断を下したいという誘惑にたいして、健全な歯止めを提供する。利害対立のもとでは、どんな決定も熟慮に基づいてなされねばならない」と意思決定前に生まれる議論の大切さを語っています。

 

  • 保守に対立する思想

 一方、フランス革命派のように急進的に改革を進めた人たち、現在でいえば『抜本的改革』『聖域なき構造改革』などと叫ぶ人たちをイメージしていただければ良いと思いますが、彼らに対しては、「革命を主導する連中は、時代を超えて人々の間に根付いた良識を軽んじ、新しい観念論に基づく社会制度を一からつくり上げようとしている。けれども伝統的な良識の価値を重んじる立場からすれば、ほかならぬ革命派や、彼らがつくりたがっている社会制度のほうこそ、よしあしをシビアに評価されるべき」であるにも関わらず、「従来のシステムの過ちや弊害は、誰の目にもハッキリと映るため、たいした頭がなくとも容易に批判できる。まして絶対的な権力を握っているのであれば、ひとこと指示を出すだけで、それらの過ちや弊害をなくすという名目のもと、システム全体をぶち壊すことができる」と痛烈に批判しています。(「 」部:出典同上。改行部は変更しています)

 

  • 企業における改革と保守のバランス

 社会人であれば『(仕事は)スピードが命』と教えられた人も多いと思います。私も若い頃『拙速は巧遅に勝る』ので素早く取り組み、走りながら改善した方が成果に辿り着きやすいと教え込まれました。その立場からは違和感も覚えますが、二元論で考えなければ腑に落ちてきます。つまり副作用や影響の大きさ、不可逆性の度合いによってスピードと慎重さのバランスを変えていけばよいのです。

 そもそも企業と国家は違います。経営者として起こしてはならないこととはいえ、企業の倒産件数(負債額一千万円以上)はアベノミクスの好影響を受けた2013年度でも一万件を超えていますが、国家はそうはいきません。

http://www.tsr-net.co.jp/news/status/year/2013.html

 また企業の場合でも、社員が自由な発想でお客様の声を聞きながら新たな取り組みをはじめたことによって、仮に悪影響が出はじめたとしても比較的容易にフォローできますが、同じ社員の言動がもとになっていても企業文化を壊す可能性があること、更には会社の評判を失墜させかねないことに対しては多面的に考えた上での対応が必要です。加えて、経営陣が会社の身の丈以上の投資を必要とする決断を行うとなると熟慮と議論を重ねることに加え、時機を待つ力も重要になるでしょう。

 

  • 『決める政治』と保守のすすめ

 国家について考えてみましょう。先日、4-6月期のGDPの修正値が発表され、実質GDPが年率換算で▲6.8%から▲7.1%に下方修正されましたが、これなどは金融緩和や(人手不足に対応するための労務単価の向上を伴う)財政出動、エコポイントなどによる需要喚起といった実証済みで副作用の少ない対策と、10%への再増税という次なる未知の改革をやめ、できれば5%に戻すといった決断が行われるべき代表例でしょうし、災害の救援・支援・復旧は副作用があろうがなかろうが、国家・政府の本分として緊急にやらなければいけないこと。防災などの安全保障も将来の国民の命に関わることですから、東日本大震災や広島での土砂災害などの不幸を繰り返さないために、原因と現状を調査・検討して出来るだけ急いで進めるべきことです。

 一方で、構造改革はこれらと比べて緊急度がずっと下がります。成長戦略などと言われますが、金融緩和(第一の矢)や財政出動(第二の矢)が短期的な景気対策として必要なのに対し、第三の矢はあくまで長期的な効果を期待するものです。そして『構造』を『変える』訳ですから功罪双方の影響が生まれます。このような場合は入口の段階でメリットとリスクを十分に議論してから進めればよいのです。もともと民主主義では利害の異なる意見をとりまとめる中間団体や彼らの意見を代弁する国会議員がいて、バークのいうところの健全な歯止めがかかりながら物事が進んでいたのですが、最近は少々性急過ぎるように思えます。勿論、悪い規制があり、新たな構造が効果を生むこともありますが、規制が生まれた背景やこれまで行ってこなかった政策にはその理由がある筈ですから、まずはそれを紐解き、多面的な解決策を検討することが大切です。『人手不足だから外国人労働者』、とにかく『民間の活力を』というのでは余りに短絡的(革命派的)です。

 

  • 保守対革新、右派対左派の混乱

 さて、保守という言葉はバークの時代には革命派(革新・急進)との対で考えればわかりやすく、フランス革命後の国民議会の座席位置で右側が保守だったことから右派・右翼と呼ばれ、左側が革新・左派・左翼と呼ばれました。しかし、共産主義が(新たな政治体制に積極的に『変えていく』ため)左翼に含まれ、それに対してアメリカの影響が大きいと思いますが、市場を重視する経済政策が右翼に属し、更に経済学の主流がケインズから新自由主義に変遷するとこれらの言葉の解釈に混乱が生じます。

 もともと政治思想の上では保守と類義語であった筈の右派の経済政策に市場至上主義が含まれ、規制撤廃を目指して積極的に変えていくようになる。しかしこの『積極的にいろいろなものを変える』という思想は、元来、革新・左翼のものです。小泉元首相もそうでしたが、安部首相も保守政治家といわれながら、構造改革を積極的に打ち出しているのは、ここ数十年のこうした歴史が関係しているのかもしれません。

 最後にもう一度『フランス革命省察』から保守政治について引用して締めくくりたいと思います。

「国家のあり方を変えてはならぬと主張しているのではない。だとしても、あらゆる変更の目的は、これまで享受してきた幸福を今後も維持すること、すなわち保守に置かれるべきである。

まずもって、よほど深刻な弊害が生じないかぎり、国体の変更に踏み切ってはならない。そして変更を行う際にも、『問題のない箇所はそのまま残す』という先達たちの手法を踏襲することが望ましい。(中略)

わが国の父祖たちは、重大な決断を迫られたときほど、次の諸原則を重んじた。

(1) 状況をよく見きわめ、軽率に行動しないこと

(2) 不測の事態に備え、万全の用意をしておくこと

(3) 臆病なくらい慎重であること

臆病といっても、これは勇気のなさに由来するものではなく、みずからが背負った責任の重さを自覚するがゆえのものだ。」

 政治は責任だという言葉を聞きますが、政治による重大な意思決定は、その政治家が政治生命はもとより、命そのものを賭したとしても引き替えにならないほどの大きな影響を社会・国民に与えます。その責任の重さを自覚した国家運営をお願いしたいと思います。