「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.37 消費増税考②~建設業の供給力不足とコストプッシュインフレ~

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 社長の並木です。前回、消費増税に反対の意見を述べた上で、景気への悪影響を減殺するため、金融緩和と共に、その資金を実体経済に引っ張ること。即ち、東北の復旧と将来の防災に向けた国土強靱化投資を軸にして、政府が需要をつくり、民間に渡していく「公共事業」が重要になるとお話ししました。

 

  • 公共事業費の推移と建設業の供給力不足

 日本の公共事業費の推移は以下のようになっており、小渕政権下の1998年(平成10年)以降、縮小が続いています。

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出典:内閣府

http://www.cao.go.jp/sasshin/seisaku-shiwake/common/pdf/handout/322876ac-0d37-c83e-7693-4ec90985b9c2.pdf

 その影響は、笹子トンネルの事故などのインフラの老朽化や防災対策の不備だけでなく、インフラの作り手である土木建設業界にも及んでいます。国土強靱化策として、あるいは経済対策として、またオリンピックの準備に向けて、建設業界の供給力不足は大きく影を落とします。

 長年にわたる公共事業の削減によって、日本の建設業社数はピーク時の60万社から47万社程度まで20%以上減少し、同業界の労働者も685万人から500万人弱と150万人以上も減ってしまいました。昨今、公共事業の入札不調が相次いでいるのは人手不足と資材価格高騰の影響です。また、『職業別の有効求人倍率(8月)』をみても、一方で一般事務0.21倍、機械組み立て0.31倍であるのに対し、建設は2.40倍になっていることが報じられました。(http://www.nikkei.com/article/DGKDASFS25034_V21C13A0NN1000/

 デフレという需要不足の日本にあって、この分野は供給力不足なのです。正確に言えば、長期間需要不足が続いたことによって、企業が廃業せざるを得ず、減った需要に合わせるところまで業界全体の供給力が減ってしまったわけで、デフレによる負のスパイラルの行き着く先を示しています。

 また、長年公共事業叩きで苦しんだ業界では、復興や防災対策といった新たな需要が生まれたとしても、そう簡単に投資が増えません。10数年にわたる苦い経験が、またいつ状況が変わるかわからないという悲観的な考えを生みますし、大規模工事は単純労働ばかりではありません。一般事務職の方が来月から働けるとか、畑違いの企業がすぐに参入できるというものではなく、スキルを持った人材を育成しなければならないのです。

 

  • 「安全」「景気対策」「将来の競争力」三方向への好影響

 国土強靱化基本法の国会審議がスタートし、決定後には「国土強靱化基本計画」が制定されるはずですから、この機に政府は、国土計画を策定し、複数年度予算を組むという長期ビジョンを示しながら、業界の環境に適応するために、供給力が安定するまでは、工事費の積算に使う労務単価の基準をあらかじめ省庁が決定するといった規制を柔軟に見直すなどの具体策も打っていく必要があると思います。公共事業費の推移をみてもわかるように日本は既に土建国家ではありません。自然災害の多い国土条件に適した防災対策を打ち、国民の安全を守ることが、前回の投稿(Vol.36)でご紹介したシミュレーションのように乗数効果によって経済に「も」好影響を与え、新たなインフラが完成する数年後以降は、安全性と共に物流や人の移動の利便性が増し、競争力や万一の時のBCP(ビジネス・コンティニュー・プラン)も含めて、企業活動にも好影響を及ぼすのですから。

 「消費増税分を公共投資に回すのか」という議論がありますが、インフラという今後50年活用できる財産を作るのですから、普通に建設国債(60年償還)を発行すればよいと思います。

 

  • コストプッシュインフレへの懸念

 最近、もう一つ懸念しているのは物価動向です。9月の消費者物価指数は、総合(CPI)で対前年比+1.1%、生鮮食品を除く総合(コアCPI)で+0.7%、食料及びエネルギーを除く総合(コアコアCPI)で0.0%となっています。(http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.htm

 つまり、生鮮食品やエネルギー価格の上昇が物価を底上げしているということです。日銀による2%というインフレターゲットの達成が、原発停止や中東危機によるエネルギー価格の高騰や、天候不順による生鮮食品の価格上昇、円安による原材料価格の上昇などのコストプッシュインフレであってはならないのです。勿論、消費増税による物価上昇も同様です。

 安倍首相がしきりに働きかけをしているように、デフレ脱却は所得増・失業率の低下を伴うものでなければなりません。インフレによって相対的にお金の価値が下がる=仕事(商品・サービス)の価値が上がる。それによって給与が上がるという構図です。そうすれば、所得が増えたことで消費(需要)が増え、安定的な需要の増加を見込んで企業の投資が増えて景気回復、即ち、名目GDPの成長が実現し、それによって税収も増え、政府債務から日銀の国債保有額を引いた「日本政府の借金」の対名目GDP比が、主に分母側である名目GDPの拡大によって減少するという成長のスパイラルが生まれます。

 しかし、同じインフレでも原材料費や光熱費などのコスト増に引っ張られて起こるコストプッシュインフレでは、逆に人件費を圧迫して、デフレに逆戻りしてしまいます。

 

  • デフレ脱却への一貫したメッセージを

 消費税増税による景気対策の一つに法人税減税などが検討されているようです。社長という立場からすれば減税は嬉しいですが、客観的に考えれば、雇用や給与増に対する減税や投資減税に絞った方が、デフレ脱却の肝となる消費と投資に直接刺激を与えるため有効でしょう。前回、消費増税は順番を間違えていると書きましたが、最大のプライオリティーは15~20年ぶりに成長のスパイラルに戻すことです。企業の目先の利益よりも長期的な視野の方が大切なことがあるものです。

 

 日本経済はいくつもの課題を抱えていますが、それは世界中どの国も同じです。むしろ共通通貨に縛られてしまっているユーロ、インフラや技術・資本が足りない上に、先進国の動向次第でキャピタルフライトが起こりかねない新興国に比べて、回復の可能性は高いと思います。政府にはデフレ脱却に向けた一貫した政策・メッセージを期待したいと思います。