読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.35 「国家の階層」論と日本における「レントシーキング」

f:id:msandc:20131024183943j:plain

 社長の並木です。前回と前々回、「レントシーキング」とその背景にある「コーポラティズム」や「資本主義的民主主義」、更にその導入手法としての「ショックドクトリン」を紹介し、「既得権」や「規制」に伴う複雑な問題について考えてみました。

 難しい問題ですが、その整理に一つの視座を提供してくれている経済評論家の三橋貴明氏の「国家の階層」という考え方をご紹介したいと思います。

 

  • 三橋貴明氏の「国家の階層」論

 三橋氏は以下の図を用いて(※下記の図は三橋貴明氏の著作『国富新論』(扶桑社)P162の図を模したものです)、国家には階層があり、それを踏まえて規制や経済政策をとるべきだと述べています。

f:id:msandc:20131022180607j:plain

 『第1層に国家の基盤中の基盤「国土」がある。あるいは、領土と呼んでもいい。国家には必ず国土、領土が存在している。もちろん、国土があれば生活や事業ができるというわけではない。国土の上には、過去の国民の「投資」により建設された、道路や橋梁、トンネル、ライフライン、鉄道網、空港、港湾などのインフラストラクチャーが存在する。これらの第2層が「インフラストラクチャー」だ。すなわちハードウェア的なインフラである。

 第2層の「固い」インフラの上に、第3層「産業的インフラ」が存在する。産業的インフラとは、国家としてあるために維持、継続されていかなければならない「ソフトウェア」的なインフラストラクチャーだ。農業、医療サービス、教育システム、防衛を担う軍隊、中央政府や地方自治体といった行政、国土を維持管理する建設産業、あるいは現代経済の「根幹」と呼んでいいエネルギー産業などだ。』(出典:三橋貴明 著『国富新論 [奪い合う経済]からの脱却』扶桑社)と整理し、この第3層までは、「国際競争力」などではなく、「安全保障」の問題として捉え、適度な保護・育成が必要であることを訴え、「大災害時には運送サービスなどが第4層から産業的インフラの一部となる」など幾つかの留保をつけた上で、

『第4層の産業は、それこそ市場競争の優先順位を上げ、各種の参入障壁を引き下げる規制緩和を実行に移しても構わない。ただし、それはある条件を満たした場合に限る。条件とは、もちろん「デフレではない」ことだ。国民の所得や国内の需要が拡大している環境下であれば第4層は規制緩和で競争させても構わない』(出典:同上)と続けています。

 

 経済学的な視点だけで語られがちな「産業の保護・育成」と「規制緩和・自由競争」を考える際に、安全保障などの国家観やデフレか否かといった経済状況を踏まえたこの概念は大変勉強になります。

 

  • 日本における「レントシーキング」

 因みに三橋氏は、同書内において日本における「ザ・レントシーキング」として「再生可能エネルギー特別措置法」と「再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)」を批判しています。覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、菅元首相が退陣するとかしないとかの混乱の中で、退陣のための条件に挙げられ、決まっていった法案です。理由は、

  1. 日本の地理的条件から、太陽光や風力は基礎電力にはなり得ない
  2. 買取価格が、法案成立時点で太陽光1キロワットあたり42円(現在は38円)と高い(ドイツは18~24円)。
  3. 買い取りが強制である上、電力は蓄電できないため、送電を行う電力会社のコントロールが困難。
  4. 認可がおりたタイミングからではなく、その後いつ運転を開始しても良く、その時点から認可時に決まった価格での買い取りが20年間保証される。
  5. 設備産業であるため、あまり雇用を生まない

などです。

 原発事故の後処理と、政治的な混乱の中で行なわれたショックドクトリンともいえるわけですが、20年間の安定収入が得られるというのは魅力です。その結果、10月19日の日経新聞にあるように『再生エネ、海外勢続々 日本に7000億円投資 買い取り制度 呼び水』(http://www.nikkei.com/article/DGKDASDD180FF_Y3A011C1MM8000/)という状況になっています。「原発問題後の新たなエネルギーのベストミックスを探る」ということに加え、「グローバル資本と国家の(エネルギー)安全保障は両立するのか」といった課題も抱え込むことになりました。とはいえ、法律が履行されている以上、ルールに則って参入する企業や資本を責めるのは筋違いです。

 当時も、少なくとも上記の1~3について、またバタバタの中で決められていくというプロセスについては随分異論が出ていました。法改正が必要か否かについては、それぞれの方が学び、考えて頂ければと思いますが、今後のために「経験から学ぶ」という観点でいえば、それが十分な議論を経たのか、空気に流されて決まってしまったのかという点を振り返っておくべきだと思います。

 

  • 集団的意思決定と民主主義

 ノーベル経済学者のスティグリッツ教授は『集団行動を決めるのはそう簡単ではありません。同じ集団に属する人々の間で何をすべきかについて意見が異なるからです。もともと意見の対立があるからこそ、われわれは集団的意思決定をしなくてはならなくなったのですから。(中略)実際のところ、すべての人の利害が反映される意思決定方法は、長い目で見れば、民主主義的方法のほかないのです。』(藪下史郎・荒木一法 編著『スティグリッツ早稲田大学講義録 グローバリゼーション再考』光文社新書)と述べています。

 丁度現在、様々な規制緩和が成長戦略や特区という名のもとに検討されています。これまで観てきたように、変化には必ず光と影の部分があります。それぞれ、どういうメリットとデメリットがあり、国民全体にとっては有意義なのか、将来に禍根を残しかねないのか。またその議論は民主主義に則って、かつ国家観を持って行なわれているか。そういう視点で日々の情報を吟味して欲しいと思います。