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社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.34 規制を考える ~米国の医療制度と日本のタクシー業界~

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 社長の並木です。前回は、主に財政難や天災などを理由に、資本家や企業が政治に対して影響力を発揮し、民営化などの政策変更を行い、既存の利益を奪い取るコーポラティズムやレントシーキング、ショックドクトリンという現象をご紹介しました。今回は規制や既得権についての別の例として、アメリカの医療制度をご紹介したいと思います。

 

 アメリカは先進国で唯一、国民健康保険制度のない国です。もともと建国の精神からして「小さな政府」を好む傾向が強い国ですので、そうしたことも影響しているのでしょうが、その結果、医療費のGDPに占める割合は17.7%と他国と比べて群を抜いて高く、国民健康保険がないから当たり前ですが、医療費に占める公的支出の割合は2010年時点で47.6%と最低レベルになっています。

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  出典:「OECD Health Data 2013」よりGDP規模上位国を抜粋して作成 

 そもそも医療費が高く、堤未果氏の『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書)に盲腸手術の都市別ランキング(AIU Data 2000)というものが載っていたので、参考までに上位3都市を紹介すると、「一位ニューヨーク(平均費用:243万円)、二位ロサンゼルス(194万円)、三位サンフランシスコ(193万円):全て平均入院日数一日」という状況で上位4位まで米国の都市が占めています。

 米国の公的な保険制度は高齢者と貧困層向けのメディケアとメディケイドの二つ。高齢者や最低ラインの貧困層以外は民間の医療保険に入るのですが、その保険料が高く、四人家族で月10万円を超えるといったことが普通にあるようです。

 また、アメリカには処方薬の価格を製薬業界と交渉する官庁が存在せず、薬価の高さも生活を圧迫します。

 その結果、無保険者が4,500~5,000万人といわれ、「医療費の未払い」が自己破産の理由のトップに上がるという事態になっています。日本ではデフレによって平均賃金が低下していますが、アメリカではリーマンショック前の好況時でも富裕層に富が集中することによって大衆の実質賃金(賃金の上昇からインフレ率を引いた金額)は低下しています。「過去30年間で見ると、賃金の低い人々(下位90パーセント)は、賃金の伸びがおよそ15パーセントだったのに対し、上位1パーセントの伸びは約150パーセント、上位0.1パーセントの伸びは300パーセント以上に達した」(出典:ジョセフ・E・スティグリッツ著『世界の99%を貧困にする経済』徳間書店)といった具合です。その人たちが一つの病気で貧困層に転落するということが起きかねません。

 

 昔から民主党を中心に国民皆保険制度が何度か検討されたようですが、その度に業界団体や「小さな政府」を標榜する共和党の反対で頓挫してきました。既得権益は守られてきたわけです。2008年、国民皆保険を謳ったオバマ大統領が誕生し、紆余曲折の結果オバマケア法案が成立しましたが、内容は当初の構想と異なり、民間医療保険への加入義務となり、薬価に対する交渉権も断念したようです。「骨抜き」という声が聞かれるゆえんです。保険加入に際しては、低所得者には補助金を出し、勤務者に対しては企業も保険料を負担する点が期待されていますが、そうなると今度は、一般の企業業績が圧迫されること、補助金に対しては財政悪化を理由に根強い反対が起こり、全米28の州から訴えられました。結局、連邦最高裁が合憲と判断したのですが、本年10月に入っても来年から執行を行うか否か、予算が絡んで議会で揉めています。

 規制緩和によって新たな既得権が生まれるのを防ぐよりも、こちらの方が複雑な問題です。米国の医療保険会社にせよ、製薬会社にせよ、これまでの制度を前提にビジネスを行っているのであり、ノーベル経済学者のクルーグマン教授が「保険会社がこれらのことをするのは、邪悪だからではない。現行の医療制度の収益構造を考えれば、保険会社にとって他の選択肢はほとんど残されていないからだ」(出典:ポール・クルーグマン『格差はつくられた』早川書房)というように、競合が存在する以上仕方のない面があります。そして彼らは、多くの雇用の担い手でもあります。この件に限りませんが、既得権は悪という単純論でセーフティーネットなしでルールが変えられれば、関連業界で働く人たちが困窮してしまいます。

 

 一方、日本では2002年小泉構造改革の際に行ったタクシーの規制緩和が、タクシー台数を増加させ、一方で不況により利用者が伸び悩み、結果売上の減った運転手が長時間労働をするなどの弊害が出て、規制の再強化への取り組みが進んでいます。こちらは前回書いた「政策のモニタリングとそれを受けての改善」が進みそうな例ではあります。それでも、運転手の失職や企業の倒産には配慮しながら政策変更しなければならないでしょう。

「タクシー減車を義務付け=臨時国会に法案提出へ-自公民」(時事ドットコム)(http://p.tl/WRqa )

 

 前回は、規制緩和によって新たな既得権が生まれた例を、今回は規制・制度と、それに伴う既得権を巡って紆余曲折している事例をご紹介しました。規制は確かに企業活動を縛りますが、一方、既存のルールを大きく変更すれば、失業や倒産に繋ったり、新たな既得権益が生まれかねないというジレンマもあるわけです。そして大前提として「国益」「国民の利益」に繋がらないといけません。「規制は悪」という単純論はわかりやすいですが、こうした複雑さがあることも知っておいて欲しいと思います。

 そして、今回ご紹介した米国の医療制度や日本のタクシー業界の実態をどう思うかは個人の主観の問題です。しかし、制度は国家単位でつくっていくしかありません。何より、自国をどのような社会にしていきたいかという理念形成が大切なのだと思います。