「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.27 国家と企業④ ~企業の目的と「国の借金」問題~

 

f:id:msandc:20130628173916j:plain

こんにちは、並木です。前回の冒頭、「企業の目的は理念の実現である」と書きました。「綺麗事ではそうかもしれないけれど、結局利益じゃないの?」と思われた方もいるかもしれませんので、その点の考え方について整理してみたいと思います。

 

  • 企業の目的と利益

企業の目的と利益についてP.F.ドラッカーはこのように語っています。「マネジメントにとって利益とは、明日更に優れた事業を行っていくための条件である。同時に仕事ぶりを測るための尺度である。目的ではない。条件の方が目的よりもきつい。生きる目的は達せられなくとも生き続けられるが、生きる条件を達せられなければ潰れるしかない」(出展:『ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて』 上田惇生著 ダイヤモンド社)。利益をベースにして生まれるキャッシュフローが企業存続の条件だということは厳然たる事実です。そのためドラッカーは「たとえ金銭面に興味を持たない天使が社長になっても、利益には関心を持たざるをえない」という趣旨のことも語っています。短期的には様々な資金繰りの方法で乗り切ることはできても、「資金を投資し、利益によって生み出したキャッシュフローで回収する」ことを繰り返し、企業は成長していきます。

しかし、条件である「利益」が目的化し、企業の存在意義になってしまうと厄介です。何しろ利益を上げ続けることが目的となるので、

・長期的に自社を支えてくれるはずのお客さまの満足

・お客さまの満足を生み出す社員、スタッフの満足

をないがしろにし、本業や新事業を時間をかけて育てるよりも、手っ取り方法で財務諸表を良くしたいという欲求が生まれ、将来に禍根を残してしまうことになりかねません。

企業活動の目的はやはり理念の実現です。理念が自社の身の丈や時代の趨勢にそぐわないものになったとしたら、関係者のほとんどどが共感できる理念を再設計して、それを目的に据えるべきだと思います。昔、近江商人は三方よし(「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」)といいましたが、社員を雇用し、かつオーナー経営でない場合は、それにスタッフと株主を含めた五方よしを目指し、その時々でバランスをとりながら経営していく必要があります。

 

  • 国家の目的と財政

一方、国家の場合はどうでしょうか。異論もあるでしょうが、国家の目的は「国民に豊かさと安全・安心、そして誇り」を守り、育むことだと私は考えています。そのために、「その時の環境に合った」政策が必要なのは企業と変わりません。インフレ時とデフレ時では経済政策は反対になるはずですし、自然災害が多い国とそうでない国、インフラが整備されていない時と、整備された後、更に更新期を迎えたタイミングでも政策は変わるはずです。ただ、企業にとって利益は条件ですが、国家は財政黒字が存続の条件にならないということが大きな違いです。実際、1996年をピークに公共投資を減少させ続けた日本の姿こそ特殊であって、財政支出の増加分を、その後の経済成長による税収の増加で埋めていくのが普通の国家です。そのために第一に「通貨発行権」があり、第二に「徴税権」があるわけです。

 

  • 「国の借金」問題

借入金を考えて見ると、企業と国家の違いがわかります。企業にとって借入金とは、オーナー経営者が身銭を切る場合を除けば、100%他者からの借金です。手持ち資金を見ながら、必要なら借り入れをして事業を維持・成長させ、生み出した利益・キャッシュフローで返済していきます。返済ができなくなれば、返済方法の変更や事業売却等々いろいろなステップはありますが、単純にいえば倒産です。

一方、国家の場合は、前回お伝えしたNation国民国家)、State(制度としての国家)、Government(政府)の3種類の違いを頭に入れておかないと、整理できません。以下のURLから財務省のホームページを開き、1頁目の〔図1-15〕国債の所有者別内訳(平成2312月末速報値)をご覧ください。

http://www.mof.go.jp/jgbs/publication/debt_management_report/2012/saimu1-1-3.pdf

この時点での国債発行残高は755兆円です。国債というのは、上記三つのうち「政府」の借金に当たります。

ではNation或いはStateとしての国家ではどうでしょうか?家計(3.8%)などは国民そのものですし、日本銀行9.0%)は政府の子会社。銀行(41.4%)は家計や企業の預貯金を国債で運用し、金利収入を得ているわけですから、「政府の貸している(国債保有者=債権者)のが中央銀行、生損保などの企業、我々の家計や企業の貯金、年金」だということになります。家計や企業・金融機関などは「政府」ではないですが「国家の一員」ですから、国家全体での実質的な「国債での借入金は海外の6.7%、51兆円」だと考えられます。

厳密に国家総体としての財政を考えるときには、地方債についてもみる必要がありますが、一方で日本の対外純資産(日本の企業や政府、個人投資家が海外に持つ資産から負債を差し引いた額)は世界最大の296兆円(平成24年末)です。

ここでいいたいのは、政府と「国」はイコールではないこと。そして国家財政と企業や家計の資金との違いです。メディア等で「国の借金何兆円、国民一人あたり何百万円」といった報道がされますが、政府と国、借り手と貸し手を混同しています。また財政健全化は国家の目的を果たし「続ける」ための手段であり、好景気によって国民に豊かさを提供し、税収を増やし、健全化を進める方法があることを忘れてはいけません。企業同様、目的を取り違えると将来に禍根を残すことになります。

加えて、日本の国債の金利は世界最低水準にあり、10年もの国債で1%を切っています。下の財務省のデータによれば、加重平均した金利は1.19%だそうですので、金利負担は随分軽くすむ環境にあります。

http://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/zandaka05.htm

最近、「国債金利が暴騰!」などという報道がありましたが、発行されている国債は90%以上固定金利ですので、投機で稼ごうとしているのでなければ、一喜一憂する必要はありません。金利が低いため貸し手である我々からするとローリスクローリターンですが、国債はその国の中で一番の安全資産でよいのです。

 

 企業の寿命30年などと云われます。私は自社がこの先50年、100年と続くことを心から願い、少しでもその礎を築いて次の世代に渡していきたいと思っていますが、国家はその程度の寿命では困ります。十年先、百年先を見据えるのは勿論、この先も未来永劫、国家の目的を果たし続けるための政策を打って欲しいと思います。