「雑観」コラム

(株)MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.102 自由貿易と保護貿易

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本年最初のブログとなります。

皆さま、本年もよろしくお願いします。

 

今回は、年末年始に触れた三人の著名人・識者の発言を引用しながら、トランプ次期アメリカ大統領の出現で話題になっている「自由貿易保護貿易」について考えてみたいと思います。

 

  • トランプ次期大統領のツイート

トランプ氏は、就任前にも関わらずツイッターを駆使して話題をさらっています。

 

12月4日のツイートの一部を紹介すると、

「従業員を解雇し、他国に工場を建設し、それでも製品を米国に売ろうと考えるなんて...」

 「社会的貢献や価値を生まないなんて間違っている!近いうちにこうした企業には35%の高関税をかける」(和訳が間違っていたらごめんなさい)

 

また1月6日にはトヨタをやり玉に挙げ、

 「トヨタ自動車カローラの工場をメキシコのバジャに建設すると言っているが、とんでもない!工場を米国に造るか、高い国境税を払うかのどちらかだ」

とツイート

 

それに呼応して、フォードやクライスラーなどがメキシコでの新工場を撤回し、米国内の工場増強を発表、

トランプ、恫喝ツイッター恐怖政治の代償…米中軍事衝突の懸念、企業がご機嫌取り合戦 - ライブドアニュース

トヨタもメキシコ新工場は継続するものの、今後5年間で1兆円超の投資を米国に行うと発表、直近では、GMも10億ドルの投資と生産の一部を米国に移す発表をしました。

トヨタ、1兆円超のアメリカ投資を発表 メキシコ新工場は撤回せず

GM 米工場への投資と一部生産回帰を発表 | NHKニュース

 

トランプ流のディールのやり方なのでしょうが、大統領選で起きたアメリカの分断が続いているからこそ、自身の政権基盤を確立するために、先日の記者会見でアピールした「史上最多の雇用を生み出す大統領になる」と認知される必要があるのでしょう。

トランプ次期大統領の記者会見 【要旨】 | NHKニュース

 

こうした姿勢に、世界経済への悪影響を訴える方もいらっしゃいますが、トランプ氏はともかく、また程度問題はあるにせよ、保護主義がそんなに悪なのでしょうか。

 

二人目は、当ブログで何回かご紹介しているフランスの歴史人口学者:エマニュエル・トッド氏です。

 

1月3日、NHKがBS放送で「欲望の資本主義2017 ルールが変わる時」という番組を放映していました。様々な立場の有識者が登場する、なかなかの力作でした。

NHKドキュメンタリー - BS1スペシャル「欲望の資本主義2017 ルールが変わる時」

 

その中でトッド氏は、

「いま世界が需要不足に陥っているのは、自由貿易が各国の経済を押しつぶし、人々の収入の低下をもたらしたからだ。(中略)

私は保護主義の再来には問題を感じない。

保護主義は各国の人々の給与を上げ、経済成長を促すだろう。そうなれば、いずれ貿易が再び活発になるはずだ。今は貿易が停滞し、成長は鈍っているが、私には未来はポジティブに思える。」

と語り、経済学者:安田洋祐氏の

「もし、全ての国が自国の利益を追求したら、つまり各国が関税を上げて、自国経済を保護したら、世界経済に悪影響が起こり得ますよね」

という指摘にも、

「分からないじゃないか。経済学者達は歴史をあまり知らないだろうが、19世紀末のヨーロッパでは保護主義の時代があった。ドイツが始めて他国が追いかけたが、その時は悲劇的なことは何も起こらなかった。各国の国内需要は増加し、貿易は止まったりはしなかった。それどころか国々は豊かになり、貿易は加速していったんだよ」

と反論しています。

確かにイギリス、アメリカ、そして日本も保護主義によって経済成長の基盤を築きました。

 

三人目は作家・評論家の佐藤健志氏です。

佐藤氏はご自身のブログで、TPPに対する安倍政権の姿勢を批判した上で、

「思うに総理がここまでTPPにこだわるのには

自由貿易

という言葉の響きが影響しているのかも知れません。

 

自由はイメージがよろしい。

開放的で明朗、無限の可能性を感じさせます。

(中略)

となると、それに制限を加えようとする保護主義

閉鎖的で陰鬱、ついでに重苦しく抑圧的

ということになってしまう。

(中略)

しかし自由貿易の「無限の可能性」が実際に意味するのは

多国籍企業のやりたい放題。

 

 それに制限を加えることで

国家および国民の利益を守るというのは

しごく当たり前のことにすぎません。」

と語り、「自由貿易」を「無防備主義」と呼び変えています。

保護主義への新たな反対概念 | 佐藤健志 official site ”Dancing Writer”

 

如何でしょう。「自由貿易」と「保護貿易」に対する印象が、少し多様になったのではないでしょうか。

 

トランプ氏の発言は乱暴ですが、冒頭で紹介した

「従業員を解雇し、他国に工場を建設し、それでも製品を米国に売ろうと考えるなんて...」

などは、かなり常識的です。

 

過度のグローバリズム+金融資本主義というパッケージの下では、雇用および賃金は「底辺への競争」を強いられます。

 

経済学者の方々には異論があるでしょうが、好況時には顕在化しないものの、米国におけるサブプライムローンバブルなどのように、実際の賃金以外の「あて」がなければ、将来不安がある中で、安く商品を買えて余ったお金を、別の消費に振り向けたりはしません。需要が減るのです。

つまり、自由貿易は世界経済を効率化するでしょうが、それは供給不足の時に有効な施策であって、現在のような需要不足下では、弱肉強食の奪い合いが生まれるだけなのです。

 

先にご紹介したトッド氏は、同番組の中でもう一つ

「経済学者達は、世界をありのままに見ていないのではないか。世界は国家の集まりだ。安定や変化を導けるのは、あくまで国という単位だけだ。」

という重要な発言をしています。

 

先進国が経済成長を続けるためには、ある程度雇用を保護し、それぞれの国にあったインフラ・技術・教育投資を行うことで、内需と供給力、製品・サービスの付加価値を増加させることが必要です。

途上国も、最初は安価な労働力に頼らなければならないでしょうが、並行して自国産業の保護・育成をしなければ、中進国以上の発展は見込めません。

政府が自由主義と小さな国家を謳い、結果は「自己責任」と構えれば、政治家や官僚はさしたる努力が要らず楽なのでしょうが、本来、国家は「国民の安全と豊かさ」を、国益のぶつかり合いと協調を繰り返しながら、実現していくべき存在です。

 

トランプ氏の発言に恫喝と眉をひそめるか、賛辞を贈るかは人それぞれですが、グローバリズムや「一つの中国」問題をはじめ、これまで「暗黙の了解」とされてきたことが、まな板の上にのり直すことは間違いなさそうです。

戦後、国家観を持つことに対し、半ば否定する空気に覆われてきた日本人にとっては大転換ですが、変化には必ず機会も潜んでいます。

 

  • 資本主義社会の二本の足

奇しくも、同じNHK『欲望の資本主義』の中で、アダム・スミスの『国富論』と『道徳感情論』をひもとき、

アダム・スミスは社会には二本の足があると言っているんだ。一つは『利己主義』、もう一つは『シンパシー(思いやり・共感)』だ。もしも、片足だけで立とうとすれば、何か大切なものを失う」

という意見がありました。

自由主義」と「保護主義」、どちらにも功罪があり、行き過ぎれば弊害の方が大きくなります。

「自由」と「保護」、そして「利益」と「倫理」の両足で歩くべきです。

こうした生き方は、思いやりや潤いの文化、長期的視野に立った日本的経営を生み出してきた日本人の特性に合っているのではないでしょうか。

 

最後に、東日本大震災の際、被災地に142億円の寄付を行ったヤマトホールディングス:木川眞社長の記事をご紹介します。

『壊滅的被害を受けた東北地方には農産物・水産物の生産拠点が多数あり、長年にわたって「クール宅急便」を大きく育ててくれた地域である。その恩返しをしなければ、と思った。』

『寄付の提案には社員の家族も諸手を挙げて賛成してくれた。

しかし、株主は何と言うか。まして、弊社株の約3割はヘッジファンドを含む外国人投資家が保有している。短期的な収益を重視する彼らから、株主代表訴訟を起こされる恐れすら抱いた。

しかし、アメリカに飛び、株主に寄付を説明すると、意外にも極めて好意的に評価してくれた。あるヘッジファンドのマネジャーは「もし文句を言う奴がいたら、俺のところに連れてこい」と言ってくれたほどだ。短期的投資を行なう彼らさえ、社会貢献が投資対象の価値を高めるということを十分理解していたのだ。』

『1円たりとも無駄にせず、直接的に被災地の水産業や農業の再生、壊滅した生活基盤の復興に使いたい。(中略)

しかし税法上、使い途を自社で決めるような寄付活動は(中略)通常の法人税がかかり、142億円の寄付ならば、半分近くを税金として納めなくてはならなくなる。(中略)

それでも諦めずに、私たちの志を財務省に伝えて1か月半の交渉をした結果、税金として取られることなく全額を復興事業に使えるスキームが実現した。』

被災地に142億円寄付のヤマト社長「米株主は好意的だった」 - ライブドアニュース

 

こうした民間・金融・国家の志に支えられた営為こそが、未来を築いていくのではないでしょうか。