社長の「雑観」コラム

MS&Consulting社長、並木昭憲のブログです。 未来を担うビジネスマンや学生の方々に向けて、 政治・経済・社会・経営などをテーマに書き進めています。

Vol.116 緊縮財政とプラグマティズム

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総選挙は自民党の圧勝、立憲民主党の躍進という結果になりました。

喫緊の課題として、トランプ大統領のアジア歴訪と北朝鮮情勢が気になりますが、今回は別の話題。

デフレと緊縮財政について、改めて考えてみます。

 

というのも、安倍首相が「消費税の使途変更」と「2020年度としてきたプライマリーバランス(以下、PB)黒字化の延期」を公約に掲げて以来、各メディアで財政健全化が叫ばれ、

財政健全化、また先送り 自民公約、消費税の使途拡大 - 2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル

経済財政諮問会議の民間委員からも、

「(PBを)2020年度以降できるだけ早期に黒字化を達成すべきだ」

という声が挙がり、

財政再建「20年代早期に」 諮問会議民間議員が提言 :日本経済新聞

「消費税の使い道を拡大して教育無償化対策などに年間2兆円を充てることを衆議院議員選挙の公約としましたが、財源が3000億円分足りないため、企業が出す社会保険料を増やして穴埋めする方向で調整が始まりました。」

企業に3000億円負担要請 消費税使い道拡大で不足分

とも報じられているからです。

これについては別に、「国債利回りが想定より低かったので、余った国債費を充てる」という報道もあるようですから、流動的なのでしょうが、「増税するか、他の予算を削るか、余った予算がなければ歳出を増やせない」という思想が問題です。

 

PB黒字化を閣議決定したことによる呪縛なのですが、PBそのものを疑うという方向に進まないのが不思議なところです。

 

日本のバブル崩壊は1990年代初頭。バブルが崩壊すると、資産価値が大きく下がる一方で借金額は変わりませんから、個人や企業は稼いだお金を借金返済に充てざるを得ず、消費と投資が激減、野村総研リチャード・クー氏が提唱したバランスシート不況に陥ります。

リチャード・クー - Wikipedia

15年ほど前だったと思いますが、同氏のセミナーに参加して再認識したのは、1991年に景気後退期に突入しながら、1997年までの間、日本の名目GDPは成長していたという事実です。

f:id:msandc:20171102161238p:plain(出典:世界経済のネタ帳)

ecodb.net

この間、景気の下支えをしてきたのが、積極財政による政府支出の拡大です。

 

1997年4月1日、橋本政権下で消費増税を実施、公共投資削減などの緊縮財政も推進し、デフレに突入しました。

結果どうなったか。

1997年から2015年までの先進諸国の名目GDP成長率は

・アメリカ:2.10倍
・イギリス:1.99倍
・ドイツ:1.54倍
・フランス:1.68倍
・イタリア:1.50倍
・カナダ:2.19倍

に対し、日本は0.95倍!!

(データ出典:世界経済のネタ帳 世界経済のネタ帳 各国通貨建てデータを使用)


そして、『日本は1995年には世界のGDPシェアの約18%近くを占めていたにもかかわらず、直近ではわずか6%程度という水準に落ち込んでいる』(『 』部出典:『「危機感のない日本」の危機』 大石久和著 海竜社 P21 漢数字を変更)状況に至りました。

 

また、税収=名目GDP×税率×税収弾性値ですから、消費税率を上げても景気が悪化すれば、税収減は普通に起こります。

下のグラフを見れば、消費増税をしても、デフレを脱却しない限り歳入増には限りがあることが分かります。

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一般会計税収の推移 : 財務省


むしろ、デフレの長期化を回避して他の先進国並の成長をしていれば、税収も1.5~2倍以上になり、本当の意味での財政健全化=政府債務の対GDP比が減少していた可能性が高いのです。

 

安倍政権下の新たな動きとして2013年以降、「デフレは貨幣減少である」。つまり大胆な金融緩和によってデフレ脱却ができるというリフレ派が金融政策を主導しました。金融緩和による好影響は認めますが、当初掲げた「2年で2%のインフレ目標」には遠く及ばない状況です。

 

少し長い引用になりますが、中野剛志氏の著書『経済と国民』(朝日新書)からプラグマティズムについてご紹介したいと思います。

『西洋哲学の伝統においては、「理論」と「実践」、あるいは「知識」と「行為」の二つが峻別され、かつ前者の方に重きが置かれてきた。』

この状況に対し、『真っ向から挑戦したのが、デューイのプラグマティズムである。

一般にプラグマティズムとは「実用主義」と訳される。プラグマティズムという言葉は、通俗には、理論や原則よりも、実利や結果を重視する姿勢といった意味で使われがちである。しかし、デューイの主唱するプラグマティズムは、そんな安っぽい意味のものではなかった。

デューイは実用に重きを置いて、理論や知識を軽んじたのではない。そうではなくて、理論や知識は、実践や行為の一部であると説いたのである。<中略>

デューイが着目したのは、知識や理論を得るための「探求」という実践であり、行為であった。<中略>

理論や知識とはあくまでも「仮説」である。探求とは、仮説を設定し、観察や実験といった行為の実践を通じて、その仮説を確かめたり、あるいは棄却して新たな仮説を設定したりする。仮説とは、暫定的な結論であるというだけではなく、言わば真理に接近するための探求の手段であり、道具なのである。』(出典:同書P133-135)

言葉は難しいですが、企業のマネジメントではPDCAサイクルなどで普通に行われていることです。

 

デフレを脱却し、豊かな経済を子孫に残すために、「PB黒字化」や「金融緩和『だけ』でデフレ脱却が可能」という「仮説」をプラグマティックに見直すべきではないでしょうか。

世界レベルのデフレ不況であった世界恐慌、日本では昭和恐慌を脱したのは、主に積極財政の成果です。積極財政と金融緩和のパッケージへの軌道修正が望まれます。

 

  • 公約実現とデフレ脱却のための積極財政

折りしも、安倍首相は賃金上昇を経済界に要請しています。

首相、賃上げ「来春は3%実現を期待」 経団連会長「前向きに検討」 :日本経済新聞

自民党の公約には「ミサイル対処能力の強化と国民保護」「保育・教育の無償化」「生産性向上のための集中投資」「地方創生」「頻発する自然災害からの復興」「科学技術の向上」「自前の資源開発投資」といった言葉が並んでいます。

https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/manifest/20171010_manifest.pdf

その為に必要な「投資」を民間に頼るのではなく、政府が率先して行うことが重要です。

デフレ脱却前には、政府という通貨発行権を持ち、巨額な予算を動かせる存在が先導すべきですし、この段階で「民間の活力」を利用しようとすれば、レントシーキングによって、あるべき姿から歪められる可能性も否定できません。

レントシーキング - Wikipedia

政府の支出が民間に回り安定的な需要拡大が見込めれば、民間は放っておいても雇用と投資を拡大し、生産性向上・賃金上昇・消費拡大という好循環が生まれる筈です。

 

日本ではすっかり悪者にされている公共事業ですが、『「危機感のない日本」の危機』(海竜社)の著者、大石久和氏によれば、先進国で公共事業を減らしているのも、日本だけだそうです。

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先進国で唯一公共事業を減らす日本の不見識 インフラ認識と都市城壁・その1 WEDGE Infinity(ウェッジ)


財政破綻を心配する向きもあるでしょうが、経済学者:ミンスキーが主張したように、

大きな政府による財政赤字こそが、恐慌を未然に防止し、資本主義を安定化させる制度的装置』(『富国と強兵』 中野剛志著 東洋経済新報社 P88)

であり、国債が超低金利ということは、市場も国債発行を求めているのです。

 

加えて、日本の国債は100%自国通貨建て。通貨発行権がある以上、デフォルトは起こりません。気にすべきなのは過度のインフレと国債金利の暴騰ですが、今は逆の問題に悩まされているのですから心配するタイミングが違います。

 

さらに、「国(正確には政府)の借金1,000兆円」と喧伝されますが、金融緩和効果の一つとして、国債発行額973兆円の中で、402兆円を日銀が保有していることが挙げられます。日銀は政府の子会社ですから、実質的に政府の負債は6割弱に目減りしており、支払い金利も国庫納付金として返還されています。

さらにさらに、その他の国債保有者も殆どが国内ですので、国民が政府に貸し付けているとも解釈できるわけです。

https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/breakdown.pdf

 

日本をデフレに突入させた橋本元首相は、『生前「私は平成9年から10年にかけて緊縮財政をやり、国民に迷惑をかけた。私の友人も自殺した。本当に国民に申し訳なかった。これを深くお詫びしたい」「財政再建のタイミングを早まって経済低迷をもたらした」との自責の念』を示していたそうです。

橋本龍太郎 - Wikipedia

その言葉を噛みしめつつ、補正予算と来年度予算の議論をして頂きたいと思います。